「君の夢ってなに?」
「は?」
学校からの帰り道、他愛ない会話の中で急に渚が聞いてきた。さっきまではもうすぐ中間だね、そうだね勉強しないとね、なんてことを話していたのに、いきなりなんだって?「夢?」怪訝な顔を気にする様子もなく渚は頷き、そうそう、と笑う。
「それって、将来なにになりたいーとか?」
「そういうのもあるけど、人生の課題とかさ」
「人生の課題……」
難しいことを言う。人生の課題とか、中学生でそんなこと考えるの君くらいだ。と返してもどうせいつもの人を食ったような笑みを返されるだけなので、とりあえず夢について考えることにした。夢。こうなったらいいなと思うこと。
「…………父さんと、」
「うん?」
「父さんと一緒に暮らして……ご飯食べたりしたい、かな」
口に出してから、なんとも小さいことだと我ながら思う。きっと普通の家族ならこんなことわざわざ思わなくても既に当たり前のこととして生活の一部になっているのだ。
結局ここに来て父さんと会ってから一度も食事をしていないし、そもそも会話らしい会話すらしていない。学校のこととか、母さんの事とか、僕を放っておいた間の父さんの話とか聞きたいことは色々あるのに。
渚は、うん、うん、と相槌を打ちながら僕の話を聞き、「いいじゃん」と締めくくった。
「素敵だと思うよ」
「茶化してるだろ」
「まさか。家族って、素晴らしいものなんだろう? じゃあ君の夢も素敵だ」
違和感を覚えたのは、まるで想像で物をいうような言い回しだった。そういえば渚から家族の話を聞いたことがない。もしかして両親はもういないのだろうか……などと考えて、下世話なことはやめようと頭から追いやる。僕の家庭に事情があるように渚の家庭にも事情があるのだ。
「ねぇ」
「なんだい」
「渚の夢ってなに」
まさか人に尋ねておいて自分はだんまり、なんてことしないよな? という目を向ける前に、渚はあっけらかんと「君と一緒にいること」と言った。
「……なんだって?」
「聞こえなかった? 君と一緒にいるの。それが僕の夢」
「なんだよそれ。今いるじゃんか」
まさにこうして一緒に帰っている途中だというのに何を言っているのかと呆れると「そうだね」、そうだよね、と渚は笑った。笑いながら歩く渚の向こう側が急に広くなる。海沿いに出たのだ。
「海って昔は青かったっていうけど、ほんとかな」
授業で散々習ったことだが、どうにも想像できない。要は塩水だから普段飲んでいる水と同じ透明で、空の色を映して青かったのだと言われても実物をみたことがないし、そこに生き物が住んでいたなんてもっと想像できない。海と言えば潮のかおり、とも習ったが、塩に匂いなんてあるのだろうか。あんまり現実味がないので、嘘なんじゃないかと言うクラスメイトもいるほどだった。道路の端に立ち止まり眺める海は一面真っ赤なので、僕らにとっては『海と言えば血の海』という感じだ。
「シンジくん」
ぼんやりと海を眺めながら、僕の夢もうひとつ決まった、と渚が言う。
「君と一緒に青い海を見たい」
「……無理だろ」
何を言い出すのかと思えば。呆れた僕に、それでも渚は真剣な顔をしている。「ダメかな?」あまり見ない真剣な顔つきのくせに少し眉を下げて寂しそうにしているので、つい「だめじゃないけど」と言ってしまった。
「うん。よかった」
「うんってなんだよ」
「あは、なんでもない」
なんでもないよ、と笑った渚が歩き出すので僕も一緒に歩き出す。青い海の代わりにソーダアイスを買って食べないかと提案すると、渚は両手を上げて喜んだ。こんなことで喜ぶならこれから毎日ソーダアイスを買い食いしようかしらとちょっぴり思う。でも毎日買ってるとお小遣いがなくなってしまうから、たまには二人で一本をはんぶんこしたりして。




20121217 嘘の海