久し振りに訪れた店は相変わらず閑散としていて、これでよく商売が成り立つものだなと感心しながら中へ入った綺礼は、慣れた様子で狭い廊下を進むと一番奥の突き当たりの扉を開けた。店と同様に古びた扉は蝶番を大きく鳴らしながら綺礼を部屋へと招く。ぎぃぃ、と耳触りのする音でやっと気付いたのか、入口をはいって横に座っていた主人はいらっしゃいと怠そうに声をかけた。なんだ、随分久し振りだな、もう来ないかと思った。ロッキングチェアーを揺らしながら、白髪の店主はどこまでも気怠そうにしていて、なんならやって来た綺礼のことを迷惑がっているようにも思えた。客商売ならもう少し愛想をよくした方がいいんじゃないかと嫌味を込めて言ってみたのだが、んなもん気にするヤツはここにはこねぇよと返されてしまい、綺礼も言っておいてそれもそうかと納得したのだった。


コンクリートが打ちっぱなしのだだっ広い部屋には、ベッドやらゲージやらバスタブやら鳥籠やら、寝床になりそうなものが一通りおいてあるだけであとは何もない。天井からぶら下がる蛍光灯はたまにおぼつかない様子で一瞬部屋を暗くするが、この部屋では誰も気にしていないらしいので綺礼も黙っていた。店主はご自由にどうぞ、と言ったきり目を閉じてゆらゆらと椅子を揺らしている。年齢はそう変わらないと以前聞いた覚えがあるが、痩せた体躯と白髪が年を傘増しさせて、さらにロッキングチェアーときた。使い込まれて艶の出たそれに腰かけてゆらりゆらりと微睡んでいる姿はもはや老人にしか見えず、綺礼は少しだけ面白く思った。


さて。改めて部屋に向き直った綺礼は、端から順に時計回りで眺めていくことにした。前に来たのは随分前だったので中身もガラリと変わっている。入口から向かって左の壁にはペットショップのようにゲージが積まれていて、とても見やすい構造になっていた。犬猫を扱っているそれよりはだいぶ大きいそれをひとつひとつ見ていくと、中に入っていた少年もこちらを見返してくる。物珍しいのか、ひとりがそうすると他のゲージに入っていた少年たちも一斉に綺礼の方を向いてじっと見返してくるではないか。青い瞳に栗色の巻き毛を揺らす彼らを少し眺めて、どうしてこの子らには犬猫の耳が生えているのかと綺礼が尋ねると、そういうのが好きなお客向けだ、とのんびりした声で返される。そうか、と頷くと、ゲージの中もこくりと頷く。真似をしているらしい。ふぅん、と目を細めて、構ってほしそうにこちらを見つめるいくつもの目を無視した綺礼は奥の壁際に向かった。


部屋の隅に追いやられているような鳥籠はゲージと同じくらいの大きさで、やはり中には少年が入っている。ゲージの子らよりは少し成長した姿の背中には羽が生えていたので、ああこれもゲージと同じ用途なのだなと思った。肩甲骨の部分だけ切り取られた服から飛び出す柔らかな羽毛には派手な色がいくつもついており、天使というよりは南国の鳥といった風だ。もっとくつろげるだろうに膝を抱えてつまらなそうにしている少年に試しに声をかけてみるが、少年はちらりと綺礼を一瞥して膝小僧に顔を埋めてしまった。そいつはシャイなんだ。後ろから声がかかる。振り返ると、相変わらずゆらゆらと椅子を揺らしながら店主が欠伸をしていた。ふぁあと声を上げながら、ちなみに羽はもぐとまた違う種類のが生えてくるぞ、と続ける。しばらく羽毛が続いたみたいだから、あれをもいだら次は蝙蝠あたりが来るんじゃないかな。その次はなんだろう、虫かな? 蝶とか蜂とか、違うかもしんないけどね、と言って、店主はまた目を閉じた。眠たいのだろう。綺礼は少年に向き直り、籠の隙間から手を差し入れてみた。目の粗い籠は腕一本くらいなら容易に入るので、囲われてはいるがどちらかというと仕切りのような軽い意味合いなのかもしれない。絵の具をそのままぶちまけたようにいくつもの色がついている羽に触れると、少年の肩がぴくりと揺れる。つまんだ羽は思っていたよりも柔らかく、温かいので、少し気持ちよく思いしばらくの間さわさわと好きなように弄っていると、息遣いが荒くなりはじめた。はぁ、ああ、と呼吸にしては艶めかしい息遣いに、なるほど、と綺礼は頷く。こういう用途も兼ねているのだな。羽を弄る手を意図的に変えてやると、少年はさらに息を乱し始める。身を守るように膝をぎゅうと抱え込んで、ああ、うう、と喘ぐ姿をしばらく楽しんでいた綺礼だったが、やおら羽の付け根に手を滑らせると、力任せに引きちぎった。ぶちぶちと音を立てて皮膚から剥がれるのはさぞや痛かろうと期待してのものだったが、綺礼の予想は大いに外れ、少年は一際高い声を上げて絶頂を迎えただけだった。頬を上気させて息を乱す少年はなるほどその趣味の者には堪らないだろうが、悲鳴を期待していた綺礼にとってはそれほど良いものではなく、憮然とした面持ちで立ち上がった。はぎ取った羽はゲージの子らが欲しそうにしていたので中に投げてやった。


鳥籠から少し離れた、入口から向かって正面の壁には猫足のバスタブが置かれている。白い陶器で出来ているのか美しく輝くバスタブにはエメラルドグリーンの水が張られており、その中で青年が眠っていた。水面からひんやりと冷気が漂ってくるのでぬるま湯ですらないのだろうに、ワインレッドのスーツを着こんだまま青年はひっそりと目を閉じていた。青のリボンタイがエメラルドグリーンの水によく映えて、ゆらゆらと漂う様子も似合っていた。これはなんだ、と尋ねるが、応えが返ってこない。振り返った先の店主も、口を半開きにして眠っていた。おい、これはなんだ、と大きな声をかけてやると、はっとしたように目を開けた店主は、些か不機嫌そうに目をこすりながら、それは観賞用だと言った。そうして眠ってる姿も中々見れるだろう、中の水もきれいだし、バスタブも結構いいし。全部込みで眠り姫セットなんだよ、という言葉を聞きながら、綺礼は青年の頬に手の甲を当てる。冷たくもないが温かくもなく、生きているようにも死んでいるようにも見えるので、ほんの少し開いた唇に手をやって呼吸を確かめると注意しないとわからない程度にゆっくりと息をしていた。生きてはいるのか、と確認したところで丁度良く店主の声がかかる。ちなみに、生きてるけど起きなくて飯も食わないから一番安上がりだぞ、週に一度水を変えないと腐るけど。なんとも恐ろしいことをさらりと言われたような気もするが、綺礼にはあまり関係のない話なのでそのまま流した。


入口から向かって右の、扉を向けば店主が見える壁際にはシングルベッドがあった。今あるのはそれで最後だよという声に返事をしながら、綺礼はベッドの上で自慰に耽る男を眺めた。壁を向いて寝そべった男はバスタブの青年と同じスーツを着ていたが、纏っているのは上半身のみで下は白い靴下とソックスガーターしか身に着けていないという、なんともはしたない格好だ。その上半身もワイシャツは胸元まではだけているし、リボンタイはとうに解けてかろうじて絡まっているだけだ。すぐ傍にいる綺礼にも気付いていないのか、両手を使って一心不乱に自身を慰めている様子は思春期の少年のようで微笑ましい気もするが、髭まで蓄えたいい年の男が焦点の定まらない瞳で自慰に耽り、涎を垂らしているというのは滑稽な姿だった。じっと男を眺めている綺礼に、いつの間にか隣に来ていた店主が、前はもうちょっとおとなしかったんだけどねぇと言った。これまでと違い、少し困ったような言い方だ。見ての通りの用途なんだけど、前はもうちょっとちゃんとしてたんだよ。でも前の飼い主がさ、ああこれこないだ返品されてきたばっかなんだけど、変な風に躾けちゃったみたいでさぁ。こんなんなっちゃったんだよね、と頬をかく。綺麗な顔した金髪の男だったんだけど、身なりと金払いの良さからしてありゃ相当な金持ちだな。やっぱ金持ちは変態しかいねえや。そんな話をしている間も、眼下の男は両手を動かしながら喘いでいる。あ、あっ、と声を上げるたびに口端からだらだらとこぼれる涎がシーツに染みを作るのを見て、あんたどうこれ? 安くしとくよと言って、店主は懐からシールを取り出して汗ばんだ男の額に貼った。【 半額 】と雑に書かれた文字が男の動きに合わせて小刻みに揺れるのをしばらく眺めていた綺礼は、男が絶頂に達するのを見届けてから、いただこう、と言った。


起きているといつまでも自慰をするからと薬を打って眠らせた男を抱えると、再びロッキングチェアーに腰かけた店主はいらなくなっても返さなくていいからな、と椅子を揺らした。では不要になったらどうすれば、と尋ねる綺礼に、お好きにどうぞと声が返る。今はあれだけど、元は結構いいもんだから躾けなおせばお世話係くらいにはなるかもなと、欠伸をして、そういえば前に買ったのはどうしたんだと思い出したように訊いてきた。ああ、あれか。男を抱えなおしながら、まだいるぞと綺礼が答える。幼すぎたのかいくら慣らしてもうまく入らないので、他のやり方で遊んでいたら元気がなくなってしまったのだ。仲間がくれば少しは善くなるかと思ってな、と話す綺礼は大真面目だ。テン州が、遊び相手ならあっちの方がいいんじゃないかとゲージを指すと、あれはだめだと首を振る。あれは耳を引きちぎっても新しいのが生えてこないから、駄目だ。耳なしはかわいそうだろう。あまりにも真面目な顔でそんなことをいうので、お前は金持ちじゃないけど変態なんだなと、店主は呆れた顔を向けたのだった。




(20120414)
ペットショップ:時臣専門店