(ショヴェルのメアリ・アン)



ギルガメッシュに貸していたものを取りにやってきた綺礼を出迎えたのは、少年の姿をした時臣だった。白いシャツに膝小僧が見えるくらいの紺色の半ズボンは一目見て仕立ての良いものだとわかる。ようこそいらっしゃいました、と言う小さな時臣に、ギルガメッシュはいるかと綺礼が尋ねると、いません、とすぐに答え、続けて「きれいが来てもなかに入れるなといわれています」と言った。
「なんだそれは」
「よくわかりませんが、『我は留守にしていると言え』とのことです。だから家にはいません」
そんなもの家に居ると言っているようなものではないかと呆れた綺礼は「それは困るな」とわざとらしく言ってみる。「もう随分長い間、あいつにモノを貸しているのだ。そろそろ返してもらわないといけないのだがね」ああ困った困った、と嘯く綺礼に、小さな時臣はサスペンダーを直しながらなるほどと頷いた。「それは困りましたね」そうは言うものの、玄関を開けようとはしない。
「入れてくれないのか?」
「入れるなと言われているので」
サスペンダーを直した時臣は、「でも僕はこどもなので、無理やり入られたらどうしようもありません」と殊勝な様子でちらりと綺礼を見上げる。綺礼はなるほどと頷き、小さな時臣をすり抜けてドアノブに手をかけた。「君は悪い子だな」笑う綺礼に、とんでもない! と子供が声を上げる。
「僕ほど良い子はこの家にはいませんよ」
「そうなのか」
「そうなんです」
あとはみんなわがままです、と言いながら、小さな時臣は廊下を歩く綺礼の手を取った。



小さな時臣と一緒に廊下を進みリビングに入ると、ギルガメッシュは部屋の中央に寝ころび数人の小さな時臣をはべらせていた。
「我の言いつけを忘れたのか?」
綺礼に気付いたギルガメッシュが笑いながら窘めると、小さな時臣は「きれいが無理やり入って来たんです」とかわいそうな顔を浮かべて弁明する。「ほら見てください、こうやって無理やり連行されたんですよ」繋がれたままの手を差し出してわざとらしく言う子どもに、ギルガメッシュもわざとらしくそうかそうかと頷いて見せ、かわいそうに、綺礼はこわかったろうと小さな時臣を手招いた。手をほどき、たた、と走り寄ってきた矮躯を抱き寄せる。
「お前には綺礼の相手は荷が勝ち過ぎたな」
「いいえ、僕の力不足です。次はがんばります」
「うむ。期待しておるぞ」
額を合わせたまま話す二人をしばらく眺めて、もういいか? と綺礼は怠そうに言った。
「よく来たな。随分と疲れているようだが」
「茶番に付き合わされる身にもなってみろ」
一通り遊んで満足したギルガメッシュは、小さな時臣を膝に乗せたままやっと綺礼を向いたのだった。



ソファに移動した綺礼は、向かいで小さな時臣を愛でているギルガメッシュに嫌そうな顔をしながら「なにをしているんだお前は」と言った。ひとりを膝に乗せて、もう一人を自分の膝枕で寝かせながら、可愛らしいだろうとギルガメッシュが返す。自分を案内してくれた時臣がどちらなのか、あるいはどちらでもないのか、もはや綺礼に判別できなかった。
「うまいもので個体差もあってな、同じことをしてやっても反応が異なるのだ」
「そういうことを言っているのではない」
少し語気を強めた綺礼の腕を、右隣からくいくいと引くものがある。もう見なくてもわかった。顔をやった先の小さな時臣は、不安そうな顔で綺礼を見上げている。「怒っているのか聞いているぞ?」ニヤニヤと通訳をされてもな……と思ったが、小さな時臣に当たっても仕方がないので綺礼は「怒ってはいない」と頭を撫でてやった。
「なんだ、怒ってないのか」
「ああ。少し思うところがあるだけだ」
「怒ってるだろうそれは」
ややこしいやつだな、と今度はギルガメッシュがうんざりした顔をする。「で、」用件はなんだ。膝に抱えた時臣の尻を撫でるギルガメッシュが訊いてくる。
「こいつらはやらんぞ」
「いらぬよ。お稚児趣味はないのでな」
「なんと哀れな……貴様人生の半分を損しておるぞ」
ギルガメッシュは心底憐れんだ顔で言うが、片手で尻を撫でまわしながらもう片方で眠る子の髪を梳いている変態に言われたくはない。向かいで可愛がられる仲間を羨んでか、綺礼の腕を抱き込んで頭を擦り付けてくる小さな時臣を引き剥がした綺礼に、どうぞ、と紅茶が差し出された。ありがとう、と振り向いた綺礼は一瞬瞑目して、それからすぐにじとりと相手を見やった。「なにをしているんですか……」呆れた様な、叱責する様な声に笑って、久し振りだねと大きな時臣が笑った。元気にしていたかい? と綺礼に話しかけながら、時臣はギルガメッシュにも紅茶を出し、そのまま横に立ち留まった。
「時臣さんはいつからこの家の使用人になったのですか?」
「はは、言うねぇ綺礼」
他にやることがなくて暇なのだと言う時臣に不機嫌な顔を向けた綺礼は、すっくと立ち上がり時臣の腕をつかんだ。綺礼の膝に頭を乗せて眠っていた小さな時臣がソファから転げ落ちるのをみてギルガメッシュが文句を言う。もっと優しく扱えだの可愛がれだのなんだのと聞こえてくるのを無視して「帰りますよ」と言うと、そうだねと時臣が笑った。
「なんだ、もう帰るのか」
「遊びに来たわけではないのでな。貸したものを返してもらいにきただけだ」
「好きにしろ。もう一通り遊んだ」
「このド変態が……」
こいつらも作れたしな、と小さな時臣たちを両手に抱えて頬ずりするギルガメッシュに吐き捨てて綺礼が部屋を出ていく。「怒っているかい?」後ろを歩く時臣に、別に怒ってはいません、「少し思うところがあるだけです」と返して、綺礼は時臣の手を取って廊下を歩いた。


(20120415)