おデートしましょ♥

少し前に、お前はいつも屋敷に閉じこもっているが外を出歩くことはあるのかと訊かれて、時臣は「必要があれば」と答えた。莫大な財や魔術での特許があるとはいえ時臣は無職ではない。冬木の管理者、資産家としてそれなりの仕事をしているので出向く用事もなくもないが、大体は時臣が出向くよりも相手側がやってくる方が多いので、やはり基本的には家に籠っていた。家にいればいるでやることはあるしなにより今は聖杯戦争中なので精神的にはけして暇ではないのだが、体を動かしていない姿は英雄王には暇そうに見えたらしく、朝一番に現れた英雄王は「出かけるぞ。支度をしろ」と一方的に言い放った。
タイトなパンツに白いシャツと、いたってシンプルな服装はギルガメッシュの容貌を引き立てているが、パンツの青が少し明るすぎると時臣は思う。自分ならその色は履かない。同じ青なら明るい色ではなく、もっと落ち着いた藍色や紺が好きだ。もちろんアイテムにもよるので一概にはいえないが、ぴたりと隙間なく足を覆うそれならば明るすぎるのは如何なものか。と時臣は思い、同時に一緒に出掛けたくないなとも思ったので『聖杯戦争が行われている今、無闇に外へ出ることは危険なので謹んで遠慮させていただきたい』という旨を畏れながら申し上げた。
「却下だ」
「ですよね……」
時臣とて本気で断れると思っていたわけではない。言ってみただけだ。急かすギルガメッシュに渋々立ち上がり、では参りましょうと扉へ向かうと呼び止められる。今度はなんだ。
「お前、まさかその格好で行くわけじゃないだろうな」
「はぁ……そのつもりですが」
「そんな畏まった服で遊べるか!」
ワッと大きな声を出したギルガメッシュは、もっと適当な服はないのか、あるなら着替えろと言う。赤いダブルブレストのスーツは日常的に着ている時臣にとってはもはや普段着なのだが、今日の英雄王はお気に召さないらしい。適当な服と言われても遠坂の長としてみっともない格好で出歩くわけにはいかないので、少し考えて、それならと時臣はクローゼットに足を向けた。
扉を開き、普段着ているタイプではなく一般的な襟の白いワイシャツを手に取り奥から山吹色のセーターを引っ張り出す。一度それをベッドの上に置き、隣のクローゼットから黒いスラックスを選んで扉を閉めた。ちら、とギルガメッシュを見ると顎を軽く振られる。そのまま着替えろということだ。時臣は小さく息を吐いてスーツのボタンに手をかけた。
いつもはスーツを着ているが、ギルガメッシュ曰く『適当な服』も持っていないことはない。学生時代の普段着はシャツにセーター、もしくはカーディガンとスラックスというのが多かった。今着替えているこれは数年前に葵からプレゼントされたものだ。名実ともに遠坂家当主となってからはこのような服を着る機会はなくなったが、たまには昔のように平素な服を着てみるのもいいんじゃないかしらと一式渡されたのだ。さほど体型に変化はないが、学生の時分に着ていたものは少しくたびれてしまっているからと。お出かけするときに着てくださいねと言われ、それから二度、妻とささやかなデートをした。袖を通すのはこれで三度目だ。
「如何でしょうか」
身だしなみを整えた時臣を頭のてっぺんからつま先まで検分したギルガメッシュは、まぁいいだろうと鼻を鳴らした。


平日の昼間だが、冬木都心は多くの人で賑わっている。雑踏をすり抜けるように歩くギルガメッシュが背後に目をやると、一歩後ろを追う時臣もまた同じようにするりするりと人並みの間を歩いており、ギルガメッシュは少し意外に思った。この男はどうせ人混みの中を歩いた経験などないのだろうと踏んでわざと意地の悪いことをしてみたのだが、面白味のない結果になってしまった。
うろうろと歩き回っていた二人だが、ギルガメッシュがぴたりと足を止めたので時臣もそれに倣う。「ここに入るぞ」と言われたのは服屋だった。外観はシンプルで、店の中を伺うに高級ブティックというわけでもなさそうだが落ち着いた雰囲気である。入るぞ、と声は掛けられたものの、時臣が返事をする前にギルガメッシュは店のドアを押していた。英雄王の言葉は『既にこれは決定した』という表示であり、返答を求めているわけではないのだ。
時臣が店内に入るとギルガメッシュは棚に置かれた服を見ながらぐるりと回っていた。何かを探しているようだ。それに気づいた店員が声をかけると、赤いズボンはあるかと言った。
「赤でございますか」
「ああ」
「少々お待ちくださいませ」
店内から手早く目当てのものを選び出した店員はほどなくして戻っていた。ギルガメッシュの前に並べるそれらは大まかに分けるとスラックスとカラージーンズだが、コーデュロイやスキニーなど種類は様々だ。
「これで全てか」
それらをしげしげと眺めるギルガメッシュは、店員が頷くとふぅんと呟いて、扉の近くで待機している時臣の所にやってきた。かと思えばそのまま通り抜けて店を出てしまったので、ああなるほどと時臣も後に続いた。英雄王の眼鏡に適うものはなかったらしい。

それからギルガメッシュは何軒か同じことを繰り返した。店に入っては赤いズボンを探し、検分しては店を出る。五軒目の店を出たとき、さてはこいつ選ぶ気がないんじゃなかろうかと時臣は思い始めた。散々赤いズボンを見ているくせにどれもこれも気に入らないとそのまま店を出る。三軒目から扉の近くから動かなくなる始末だ。店員を呼び、近くの棚にズボンを持ってこさせて眺める。当然のことだが、店が変わると扱う系統も変わるもので、一口に赤いズボンと言えど形状や色味などは多岐にわたっていた。
散々歩き回っているがギルガメッシュは変わらずさくさく歩いている。時臣も歩き疲れたということはなかったが、益体もなくひたすら連れまわされるのはあまりよろしくない。精神的に疲労が溜まってくる。
六軒目は落ち着いた雰囲気の小洒落た店だった。BGMも自然音を少しアレンジしたようなもので、店内も静かだ。先程の店のようにタイムセールがなんだオススメがなんだと終始大声で叫ぶ店員もいない。ちょうど入口付近で服を畳んでいる店員がいたので、ギルガメッシュはさっそく声をかけて赤いズボンを集めさせた。
持ち寄られたのはスラックスとカラージーンズが二着ずつ。スラックスは臙脂色のものと紅赤色と茜色のストライプ柄、カラージーンズの方はスラックスよりも大人しい色合いのものとはっきりとした原色だ。少し後ろに立っていた時臣は、遠目で見ながらいい色だなと思った。これまで見てきた中では一番自分好みの色である。とはいえ自分には関係のないことなので何も言わずに黙っていた。そもそも英雄王は何のために赤いズボンを探しているのだろうか。そういえば訊いていなかったな、と考え始めた所で、ズボンを眺めていたギルガメッシュに「時臣」と呼ばれた。
「はい」
「お前、このような服は持っているか?」
「はい?」
質問の意図がよく分からないものの、返答が遅れるとギルガメッシュの機嫌を損ねてしまうことは十分理解していたので「いいえ」と答える。ギルガメッシュはふむ、と顎に手をやって少し考えてから「これを貰おう」と落ち着いた色合いのカラージーンズを手に取った。
「かしこまりました。サイズは如何なさいますか?」
「ああ……時臣、来い」
今度はなんだと近づくとサイズを訊かれたので、時臣は困った。妻にプレゼントされたこの服以外で既製品を身に纏うことがなかったので、自分のサイズが分からないのだ。服が合わなくなれば仕立て屋を呼んでオーダーメードで作らせるのが当たり前である時臣にとって、服のサイズなどというのは把握していなくてもよい情報である。時臣は知らないが、実を言うとプレゼントされた服も葵が馴染みの仕立て屋に頼んで作らせたものなので既製品ではない。言葉に詰まる時臣にギルガメッシュは舌を打った。
「もうよい、適当に合いそうなものを履いてみろ」
「はぁ……」
私が履いてどうするのだ、と思いながら店員に促され試着室へ向かう。体型に合わせていくつかのサイズを渡されたので、それぞれに足を通し丁度良いものを見つけた。
正面の全身鏡には見慣れない自分の姿が映っている。随分と気の抜けた格好をしているものだなと苦笑して、時臣は試着室のドアを開いた。目の前には腕を組んだギルガメッシュが立っている。なにか声をかけるべきかと悩んだが、いい塩梅の言葉が見つからず、結局黙ってしまった。ギルガメッシュは、頭の天辺からつま先までをじろりと眺めると今度はセーターを脱げと言ってきた。
「セーターですか?」
「そうだ。脱げ」
まぁ脱げというなら脱ぎますが……。相変わらずよく分からないまま言われたとおりにセーターを脱ぐ。片手に持った姿をもう一度眺めたギルガメッシュは満足げに頷いた。何に満足したのか時臣にはさっぱりわからないままである。

もういいぞ、と言われたので元の服に着替えていると、ちょうどスラックスを履き終えた頃に試着室のドアが勢いよく開かれた。ギルガメッシュだ。
「……畏れながら英雄王、お声掛けをしていただきたく存じます」
着替え終わっていたから良いものの、もしスラックスを履いている途中だったら大変な失態を晒すところだった。想像するだけでゾッとするが、英雄王は聞こえているのかいないのか「これを履け」と今さっき試着したカラージーンズを放った。あわてて受け取り、どういうことかと顔を上げた時にはもうドアは閉まっていた。
「なんなんだ……」
まぁ履けというなら履きますが。スラックスのベルトを外し、チャックを下ろしたところでまた前触れなくドアが開いた。
「英雄王! せめてノックを!」
「セーターも脱げよ」
「は!?」
バタン! と閉められた後は静かなもので、それきりドアが勝手に開くことはなかった。





以降のギルガメッシュはそれはもう上機嫌だった。昼過ぎに買い物を終えてから夕方まで時臣は散々街を連れまわされ、やれファミレスだやれゲーセンだと未知の場所にばかり連れて行かれて精神的疲労は溜まりに溜まっている。どこも騒々しくてまるで落ち着かない。特に『ゲーセン』とやらは入口に立っただけで耳が破裂するのではないかと思ったほどだ。時臣の頑とした反対によりゲーセンの中には入らなかったが、ギルガメッシュは入口付近に置かれていたクレーンゲームで熊の人形を取った。ほれ、と渡されたそれは熊らしからぬピンク色で、顔立ちは可愛らしいのに血飛沫のようなものが顔に飛んでいる。
「なんと物騒な……」
「そういう作りだ」
「昨今の人形というのは恐ろしいのですね」
「ほぅ?」
まるで昔の人形は可愛らしいというような口ぶりにギルガメッシュが食い付いた。
「なんだ? お前にも人形遊びをする心はあったのか?」
「ああ、いえ。遊びではなく修行の一環で」
それから時臣は人形を使った降霊術について語り始めた。宝石と同じように遺恨がある物の方が扱いやすいだとかなんとか。せっかく気分よく遊んでいたギルガメッシュは一気に不愉快な気持ちになり、もういい、と歩き出した。
「興が削がれた。帰るぞ」
「……! はい!!」
「嬉しそうだな時臣ィ……」
おっとつい本音が。時臣は口を押えて、滅相もありませんと片手に持った熊を振った。



家路に着くと、門の前に綺礼が立っていた。
「綺礼?」
時臣の声に気付いた綺礼は「おかえりなさいませ」と師に一礼し、隣のギルガメッシュをじとりと見る。
「アーチャー、貴様今まで時臣師をどこに連れていた」
「それを教える必要がどこにある」
険悪な雰囲気に「少し街へ出ていたんだよ」と時臣が言葉を挟むと綺礼はそうですかとあっさり引き下がった。連絡をしても繋がらず、屋敷に書き置きや伝言などがなかったので心配したのだという綺礼に、すまなかったねと言葉をかけた。隣のギルガメッシュはニヤニヤと意地の悪い顔をしている。
「……どんな小細工をした」
「何の話だ?」
小声で問うと白々しく返される。アサシンを使っても見つからないなど、魔術による隠蔽か何らかの宝具を用いるしかありえない。時臣は何もしていなさそうなので十中八九こいつの仕業だろうとギルガメッシュを睨むも、楽しそうにニヤニヤと笑うばかりである。
弟子とサーヴァントがそんな会話をしているとはつゆ知らず、時臣は「そうだ」と名案を思い付いたように手を叩いた。
「せっかくだから綺礼、夕食を取っていかないか」
「はい、是非」
「我も同席させてもらうぞ」
「えっ」
てっきりこの後はいつものように一人で遊びまわると思っていたのに、どういう風の吹き回しか。思わず声を上げてしまったが、上機嫌のまま「現世の食事とやらを楽しませてもらおうではないか」と言うギルガメッシュに返す言葉など決まっている。
「畏まりました。ではそのように準備させましょう」
「うむ」
会話を聞いて、今日の使い魔は忙しくなるな、と思いながら門を開けて時臣を中に促した綺礼は、二人の後ろ姿を見て違和感を覚えた。
「……時臣師、一つよろしいでしょうか」
「なんだい」
「何故アーチャーと同じ服装を?」
「同じ?」
きょとんとした顔をする時臣の数歩先ではギルガメッシュが満足気な表情をしている。聖杯はペアルックの知識まで与えたのか? 綺礼はうんざりしながら、色違いの同じ格好をしていることに気付いていない様子の時臣に「申し訳ありません、私の思い違いでした」と慰めのような言い訳をした。




(20120909)