僕らのお遊戯会




思春期の少年というものはロクでもないことをよく思いつくもので、それは勝己にも当て嵌まった。彼は器量が良かったので大抵のことは自分で出来たし、それらを行うのにあまり困難を感じなかった。
やれば何でも一通り出来てしまう子どもというのは凡人や大人にとっては素晴らしく魅力的で手のかからないものだが、当の本人は面白くもなんともない。だってやれば出来てしまうのだ。彼はヒーローになりたいので日頃から勉学や鍛錬に励んでいるが、座学なんてものは結局記憶力と少しの知恵が物をいうのでまったく手ごたえがなく、自身の限界や新しい動きを知る鍛錬は楽しかったが毎日の楽しみがそれだけというのも物足りなかった。要するに退屈していたのだ。


「おいデク、今日うちに来い」
と言われた緑谷出久は分かりやすく嫌そうな顔をした。
中学に上がって一年が経ち、今年のクラス替えで違う組になった出久に会うのは数日前に遊んで以来だ。幼少の砌より幼馴染として過ごしてきた二人の関係は、しかし微笑ましいものではなく、勝己による度の過ぎた意地悪が為されるばかりである。昔はそれでも飽きずに後ろをついてまわっていた出久であったが、最近勝己が新しい遊びを思いついてからはぴたりとそれもなくなった。巻き込まれたくないと思っていることがありありと分かる無言の主張を、当然のこと勝己は知らぬフリをしている。
「……今日は、用事が」
「来るよな?」
念を押すと、数秒経って出久は頷いた。頭を垂れた彼はそのまま俯いてしまったのでどんな顔をしているのか分からないが、勝己には関係のないことである。机の上に置かれた両手がぎゅっと拳を作っているのを見ながら、じゃあ放課後にな、と肩を叩いて教室を出た。待っていろという意味だ。それが分からぬ彼ではないだろう。なにせ物心つく前から一緒にいるのだ。廊下を歩き自分のクラスに戻る間、勝己は先程向けられた嫌そうな顔を反芻しながら、もっと嫌な顔をさせてやろうと決めた。


放課後、鬱々とした顔で迎えを待っていた出久を連れて勝己は自宅に帰った。ポケットの中から鍵を取りだし、玄関を開ける。母親につけられたキーホルダーには小さな鈴がついていて、ポケットにしまいこむ際にチリンと小さく鳴った。
両親共々働きに出ているので、朝からしばらく誰もいなかった部屋は静かだ。靴箱から自分のスリッパを出した勝己はそのまま玄関横の階段を上がっていく。脱いだ上着をハンガーにかけた頃、ようやく出久がやってきた。客用スリッパの場所は変わっていないし傾斜のある階段でもないのに、どんくさい幼馴染はこうして部屋にくる事ひとつにしてもモタモタと時間をかけるのだった。それが要領の悪さから来ているのかささやかな抵抗の意思なのかは分からないがどちらにせよ勝己にはあまり関係のないことである。
いつものようにベッドに腰掛け、足の間に出久を跪かせた勝己は後ろ手をついて緑髪を眺めた。股の間でそわそわと落ち着かない様子の出久は一度勝己の顔を見上げたが、彼が何も言わないので諦めたように目を伏せた。
「早くしろや」
急かす言葉に、出久は目の前のベルトを掴んだ。軽い金属の音とジッパーの下がる音が聞こえて寛げられた股間に涼しさを感じる。出久の指で取り出されたまだ柔らかいそれが外気に触れたので、勝己の口から鼻にかかった声が小さく漏れた。
萎えたペニスを片手で支えながら、かっちゃん、と呼ぶ出久の声は途方に暮れていた。なんだよと返事をしてやる勝己は優しい気持ちだった。何度も繰り返しているというのにこの期に及んで逃げられるのではないかと思っている幼馴染はまったく学習能力の欠片もなく、どうしようもない馬鹿だった。
後ろにかけていた重心を戻した勝己は、おもむろに右手を持ち上げると出久の頭を撫でた。そのまま髪を引っ張ると顔を歪めたが、予期していたのか、それほど驚いた様子を見せなかったのがつまらなかった。
「なぁデク、ここは誰の家だ?」
「……かっちゃんち」
「だよなァ」
引っ張っていた髪を離して頬に手のひらをそっと寄せる。小さな耳朶を人差し指と親指でこすりながら極々僅かに掌へ熱を集めると、不意に温かくなった左頬に何をしているのか察したらしい出久は途端に怯えた表情になった。あたためた掌を寄せると決まってそういう顔をするので、その度に勝己は馬鹿だなぁと思っている。ヒーローになる自分が個性で人に怪我をさせるわけないだろうに。
「だったら、俺の言うとおりにしなきゃだろ」
夜まで両親が帰ってこないので、それまでこの家の主は勝己だ。自分の家なのだから何をしてもいいと勝己は思っているし、出久にも何度か言っているはずなのだが、彼は懲りずに勝己の言う事を聞かないで済まそうとする。今だって、何度もしているのだから勝己を呼ぶまでもなく次に何をするべきか分かる筈なのだ。
「返事は?」
「……うん…ッ、たァ! いた、かっちゃ、痛いぃ…!」
「へ、ん、じ、は」
「ひぐっ……ぅ…はいッ、はい…!」
引っ張っていた耳朶を離すと、出久は両手で左耳を押さえながら泣いた。ぐずぐず嗚咽を漏らす出久の無防備な右頬を撫でると大袈裟に肩が跳ねるので気分がよかった。
「お返事はちゃぁんとしなきゃ駄目だろ? ナードくん」
「ッ…は、い……」
「さっさとやれよ。なに手ェ離してんだ」
ぽろりと放り出されたペニスにのろのろと手を伸ばした出久は、ぎこちなく上下に扱き始めた。柔らかいそれが次第に硬くなりはじめると、手を止めて、一度だけ勝己を見上げた。そして軽薄な顔で見下ろす瞳からすぐに目を逸らして、意を決したように唇を寄せるのであった。



きっかけは特にない。敢えて言うなら、暇つぶしに遊んでいた携帯ゲームの広告を誤ってクリックしてしまったことくらいか。ゲーム画面が追いやられ液晶いっぱいに広がる性的なイラストに舌打ちした勝己がホームボタンを押す直前にパッとイラストが切り替わり口淫を施す女の絵になった。それを見てふと、どれほどの気持ち良さなのだろうかと疑問がわいたのだ。たまに取り巻きが読んでいるそういう類の雑誌にも自分の手や道具を使うより人の舌や頬の粘膜の方が格段に良いと書かれていたということを思い出す勝己の頭には幼馴染が浮かんでいた。
一度目は怯みながらもハッキリとした声で嫌だと言った。
二度目は視線をうろつかせながら嫌だと呟いた。
三度目は家に来るのを渋ったので無理やり連れてきた。頭を押さえつけると泣いて嫌がったが少し脅かすと静かになった。
四度目からは大人しく家に付いてきて、それでもどうにか逃げられないかと妙な抵抗を示すようになったので、勝己の方も面白がって遊んでいる。

ぴちゃぴちゃと水音を立てながら股間に顔を埋めている出久の呼吸は荒く、吐いた息が下生えに当たるのでくすぐったい。やったことがないので分からないが口淫は中々に息苦しいものらしく、軽度の酸欠でぼんやりとした顔つきになるのは見ていて退屈しなかった。
比較対象はないが確実に上手いとは言えないだろう奉仕に、勝己がじれったくなるのもこの頃だ。両手で頭を掴むと、出久は全身を強張らせた。掴んだ頭をそのまま動かして無理やり口で扱かせると、太腿に置かれた手が突っ張って逃げようとするのもいつものことだった。
咥えさせたまま精を吐きだすと、えづくような嗚咽が股の間から聞こえてくる。頭を離すと大きく咳き込みながら吐きだそうとするのでそれより早くベッドに引っ張り上げた。シーツは剥がして洗えばいいが、床に敷いているラグは汚すと後が面倒なのだ。
俯せに倒れ込んだ出久を見下ろした勝己はベルトに手をかけてスラックスと下着をはぎ取った。出久は動かない。喉から吐き出すように咳をしながら背中を震わせている。腰を掴まれ、崩れた四つん這いのような姿勢にされてからやっと振り向いた口端からは精液が垂れていた。
「きたねぇ顔」
勝己は言って、コンドームを嵌めた指を後ろに突っ込んだ。途端に上がった悲鳴のような声に尻を叩くと指が締め付けられるのが面白いので、粗相を叱るようにぺちぺちと叩く。
面白半分で調べていくうちにどうやら男の後ろは使えるらしいと知った勝己は最近から出久を組み敷いている。見よう見まねで行うセックス紛いの行為は案外気持ちよく、悪い気分ではなかったし、なによりシーツに顔を埋めて成す術なくただただ体を揺すられている出久の姿に勝己の加虐心と征服欲は大いに満たされた。始めのうちは自分の事しか考えていなかったが、気まぐれに出久のモノを触ってやると中の具合がよくなったので、以来勝己はきちんと出久を絶頂に導いてやっている。
あーっあーっ、と足りない子どものように声を上げながら出久が達した後、何度か腰を動かしてから勝己も精を吐きだした。腰を離すと、出久はひしゃげた蛙のようにシーツに貼りついて動かなくなった。
小さくしゃくりあげる泣声が部屋に響いてきたので、勝己はうるせぇと剥きだしの尻を叩いた。


×××


ある日、出久を連れて家に帰った勝己はポケットに手を突っ込んだまま首を傾げた。自分の身体をぽんぽんと叩き確認した後、鞄の中を一通り漁って舌打ちをした。鍵を忘れたのだ。
戸締りを確認して家を出ているので窓も空いていない。今日も遊ぶつもりだったのに、そもそも鍵がなければ夜まで家に入れないではないかと苛立ち任せに片手を爆発させると、後ろで「あのさ」と出久が声をあげた。
「き、きょう、お母さん出掛けてて、夜まで帰ってこないから……」
「……だから?」
「だから、その……かっちゃん、鍵ないんでしょ? おばさんが帰ってくるまで、外にいるのもなんだし……」
段々尻すぼみになりながら、出久は「うちにおいでよ」と言った。おやつとかはないけど、と小さく付け足された言葉に思わず笑った。こいつはおやつを食べながら遊ぶつもりなのか?
自分で言うのもおかしな話だが、家に招いたら何が始まるか分かっているだろうによくぞ誘えるものだと勝己は思った。出久の中では自分がされることよりも『夜まで家に入れないかっちゃん』に一時の休処を与えてやる方が大切なのだろう。おめでたい頭である。
さほど離れていない出久の家に向かいながら、勝己はいつもよりうんと遊んでやろうと決めた。


玄関から出久の部屋まで、勝手知ったるという様子で先を進んだ勝己はいつものように上着を脱ぎ、壁掛けにあるハンガーを手に取った。おそらく出久の制服が掛かっていたものだろう。制服をかけたそれを壁掛けに戻そうとしたところで、急に後ろから腕を取られてそのまま前方のベッドへ押し倒された。
「っんだ、おい! デク! なにしやがる!」
腕ごと抱きしめられているので自由が利かず、とにかく起き上がろうと暴れていた勝己は突然起こった急所への痛みに思わず声をあげた。スラックスの上からぎゅうと握りこまれ、数秒硬直している間にベルトを外され下着もずり降ろされる。出久は何も言わない。ただ荒い呼吸がうなじに触れるだけだ。
そのまま直に手で掴まれ性急な手つきで扱かれてしまえば、勝己はそれ以上何もできなかった。どうにか腕を動かして扱き上げる出久の手を上から止めようとしても、強く握られてしまえばどうしたって力が抜ける。
「やっ…めろ、クソ、デクっ……うぁ…!」
下穿きが膝の辺りでにまとわりついているせいで蹴り飛ばすこともできず、結局そのまま勝己は達してしまった。
はーはーと肩で息していると「かっちゃん」と囁かれた。耳の産毛がぞわりと粟立ち、次の瞬間には熱さにも似た痛みが耳朶を襲った。硬い歯で噛み締められたその場所は、離された後の方がじくじくと痛んだ。右耳に血液が集まっていく熱さを感じながら、背後にいるなら頭突きを見舞ってやろうと勢いづけて頭を前のめりにしたのに、後ろへ動かす前にそのまま抱き込まれ俯せにされてしまった。
万歳をするように抑え込まれた腕が当たっているのは枕だろうか。シーツに顔を押し付けながらどうにかして殴り飛ばしてやろうとするのだが、身体いっぱいで押さえこんでくる上に、纏わりついた下穿きが邪魔で足の踏ん張りが利かないのも悪かった。何より良くなかったのは、動くたびに剥きだしのペニスがシーツに擦れていくことだ。勝己の使っているものとは違った少しざらついた感触のシーツに達したばかりのそこが擦れると勝己の腰は自然と引けた。
息荒く勝己を抑え込んでいる出久は、もう一度「かっちゃん」と呼んだ。上擦った声だった。
出久はうなじに強く吸い付きながら、再び勝己の前に手を伸ばした。緩く硬さを取り戻していたそれを掴まれて、やめろ、と言ったが出久はやめなかった。触れる手を避けようと腰を引くと出久に当たる。それでもどうにか逃げ出そうとするうちに、自分から腰を突きだす様な格好になっている事に勝己は気づいていなかった。
そのまま弄られ、やがて二回目の吐精を終えた勝己の頭は少しばかりぼんやりしていた。同じ二度の絶頂でもいつものそれとは疲労の度合いがまるで違った。自分の部屋とは違う匂いの沁みついたシーツに頬を預けながら息を整えていると、太腿の間に生温かいなにかが差し込まれる。それが前後に動くたび、尻を打ち付けられる感覚もあるので、勝己はすぐに自分が何をされているのか理解した。
「あ、あっ…デク…ってンめ、えぇ……」
「かっちゃん…ッア、ぁ、かっちゃん…っ!」
背中に伸し掛かるように出久の身体が貼りついて重い。両手を腰に回して抱きついているので勝己の腕は自由だった。自由だったが、揺れる身体を支えるのに精一杯で、他に構う余裕がなかった。
直接挿れられているわけではないが、内腿の柔らかい皮膚にこすりつけられると自分の身体が犯されているのだと教えられているようで勝己はたまらなかった。後ろからついてくる出久のペニスに煽られて勝己も再び首をもたげている始末だ。
かっちゃん、と出久が名前を呼ぶ。うわごとの様な喘ぎではなく、確かに勝己を呼んだ。
「かっちゃん、い、言ってたよね? 自分の家なら、何してもいいって」
腰にまわった腕が一層強く勝己を抱きしめる。圧迫された臓器に思わず呻いたが、出久には聞こえなかったようだ。
「ね、ここ、僕の家だから、いいよね? ねぇ、かっちゃん、かっちゃん…っ」
勝己の返事を待たずに、或いは初めから返事など求めていなかったのか、出久はぎゅうぎゅうと抱きついたまま腰を振った。そこに痛みがあればまだよかった。我に返って、自分にひっつく出久を殴り飛ばせもしただろう。しかし挿入のない出久の遊びはひたすらに気持ち良いだけなので、勝己は何もできない。
それしか知らない子どものように出久はいつまでも勝己の名前を呼んでいる。ざらついたシーツに擦れた頬が痛かった。


20151108
いつまでもパコられてばかりの僕じゃないぞ!かっちゃん!