「お前と陽毬は、目が似てるな」
冠葉はそう言って晶馬を見た。手鞠のように真ん丸でまつげの長い晶馬の目はどちらかというと女の子が持ってるようなもので、周りの友達、つまり男の子は、だいたい冠葉のような涼しげな目元を持っている。どちらの瞳も昔から変わらない。そのせいで幼い頃はよく女の子に間違えられたな、と晶馬はふと思い出した。陽毬と三人でいると、冠葉とではなく陽毬と双子に間違えられることも少なくはなかった。晶馬はそれが嫌だった。双子に間違えられることは別によかったが、それなりに少年らしい格好をしていて時には黒いランドセルを背負っていることだってあったのに、それでも女の子に間違えられるのが嫌だったのだ。しかし、たまに”お姉ちゃん”と間違えられる陽毬は、おねえちゃんだって!と嬉しそうに笑顔を零すので、晶馬はいつも何も言わなかった。何も言わないで、陽毬に笑い返していた。冠葉はいつもそれを見ていた。


見ているだけだった冠葉が目元に触れてくるようになったのはいつ頃だったろう。目尻の柔らかい感触に目を瞑っていた晶馬は結局いつ頃かは思い出せなかったが、最初は指先だったそれが唇に変わるのは早かったことは思い出せた。布団の上で、壁に背を預けた晶馬に馬乗りになった冠葉は、晶馬の頭を抱えてゆっくりと目尻にキスをする。啄ばんだり、ただ押し付けるだけだったり、たまにちゅう、と吸い付くような音も聞こえてくるので、色々してみているんだろう。目を瞑って受け入れている晶馬は冠葉がどんな顔をしているのかまったくわからないが、きっとかわいそうな顔をしてるんだろうなぁと晶馬は思っている。これがあまりよくないことで、この後にしようとしていることはもっとよくないことだと、冠葉もちゃんとわかっているのだ。


晶馬が女の子に間違えられた日の夜、冠葉は決まって晶馬の布団に潜り込んでくる。最初は驚いてなにするんだよ、と声を荒げたりもしたが、何度言っても冠葉はただ寝相が悪いだけというフリをして晶馬に抱きついてくるので晶馬もそのうち諦めた。晶馬が大人しく抱かれていると、しばらくしてからぽん、ぽん、と肩なり背中なりを叩かれる。大人が赤ん坊をあやすように冠葉は晶馬を抱きしめる。ぽんぽんとゆるやかに叩かれるそれの意味が分かったとき、晶馬は泣いた。その日は二人向かい合うように抱きしめられていたので、晶馬は冠葉の背中に腕を回してあまり大声を出さないようにぐすぐすと鼻を鳴らした。涙や鼻水がパジャマに染み込んで冷たいはずなのに、冠葉は何も言わなかった。


息を荒くして声を上げる冠葉の耳元で「うるさくすると陽毬が起きちゃうよ」と晶馬が囁くと、歯を食いしばる音と一緒に中が締まった。興奮したのだろうか。「興奮した?」訊くが、冠葉は答えない。両手で口を押さえながらフゥフゥと荒い息を必死で殺している。かわいいな、と晶馬は思ったので、そのまま声に出した。「かわいいなぁ」、冠葉、なんだか女の子みたいだよ。悪口のつもりではない。本当にそう思ったのだ。

最初に舌を入れてきたのは冠葉の方だった。

散々女遊びをしている冠葉のことだから押し倒したら抵抗するだろうなと晶馬は思ったが、意外にも冠葉は大人しく、晶馬が覆い被さってもそのままキスをしても寝巻きに手をかけても、何も言わずにただ晶馬の目を見つめて、上着を脱がせ終わった後に首を引き寄せてキスをしてきた。つたないながらもそれに答えて、それから晶馬は、どうしてこうなっているのかを考えてみた。目元に触れていた唇が遠ざかったので目を開けてみたら予想以上に近くに冠葉の顔があって、それでいて離れようとせずに見つめてくるものだから、どうすればいいかわからなくなってなんとなく晶馬はキスしてしまった。ふに、と唇が触れて、そういえばキスは初めてだったような……と思っていたらもう一度唇が近づいてきて、ついでに生温いものが入ってきた。冠葉の舌だった。舌が離れた後に晶馬がその体を押した。それがはじまり。


きっと冠葉は、陽毬と同じ目をした僕に見下ろされるのが気持ちいいのだ。晶馬はそう思っている。妹に犯されているような、自分のあられもない姿を妹に見られているような、そんな気持ちでいるに違いない。きちんとした言葉で言われたことは無いが顔が見えなくなった時にだけ盛らす不満がいい証拠だ。両膝を肩に担いだままぐいと顔を近づけると冠葉はたまらないとでも言うように顔を歪めるが、ゆすられながらも絶対に晶馬の瞳から目を逸らさないでいる。だから晶馬も、キスをするときに目を閉じたりはしない。もはや目ではなく光った黒いなにかにしか見えない距離でも、何も言わない冠葉のために、晶馬はその目で冠葉を見つめてやるのだ。






20110723
本当はこの後「お前キス好きだよな」「…冠葉の唇は陽毬と似てるからね」ってキスの言い訳に陽毬ちゃん使う晶馬くんも書きたかったんだけど力尽きた