自分の下で木手が必死になっている姿は甲斐にとってとてつもなく貴重なものだ。あの永四郎が、自分の、僅かな動きでもこんなにも乱れるなんて。汗で張り付いた前髪にそっと触れると瞼を上げた木手がじろりと甲斐を睨んだ。
「……なに」
 かすれた声だった。荒くなった呼吸の合間にそう呟いて、甲斐が黙っていると再び目を閉じる。木手がこんな風になっているのも自分のせいなのだと思うと甲斐はもう堪らない。何も言わないでいるとシーツを掴んでいた手が離れて顔を隠してしまったので、甲斐は慌てて手を掴んだ。掴まれた手を離そうと木手はむずがるような動きをするので、面倒になって頭上でまとめたら見下ろす唇から声が漏れた。ちょっと前かがみになった途端にこれだ。甲斐は思い出した。そうだ。永四郎は今、俺が好きにしているのだ。
 腕をまとめあげたまま腰を揺らすと木手は慌てはじめた。「かいくん、待っ、まって、」「待てない」動きを激しくすると、ひ、ひ、と引き攣れのような声が上がる。さっきまでそんな声は出していなかったじゃないかとよくよく見てみれば、木手は変に唇を噛み締めていた。突き上げる衝撃に押されてうまく噛み締めることができずに妙な声が出ているのだ。
「えーしろ、くち開けて」
 木手は聞こえているのかいないのか、ぎゅうと目を瞑ったまま返事をしない。顔を近づけてぺろりと唇を舐めてみたが避けるように横を向かれてしまった。これは聞こえているが無視しているパターンだろう。
 そんな態度を取るのならこちらにも考えがある。甲斐は上体を倒すと、木手の左腕の付け根に噛みついた。ひぃ、と耳元で声が上がる。それを心地よく感じながら甲斐は甘噛みした付け根を舐めて、腋のほぞに舌を伸ばした。毛の一本も生えていないそこはつるつるとしている。もう十五歳なんだから一本も生えていないわけもあるまいに、どうしてこんなに綺麗なのかといえばそれは手入れしているからだろう。木手が剃刀を使っているのを見たことがあった。甲斐は体毛が薄い性質なのか未だほとんど生えてこない為にそれほど目立たず、丹念に手入れする必要はなかったが、木手は割合体毛が濃いらしく特に気を付けているようだ。大体ユニフォームがあんな風でなければこんな心配をする必要もないのに、一体誰があんなトンチキなデザインを作ったんだろうか。自分たちが一年生の頃はもう袖なしのそれだったからきっとやらかした先人がいるのだ。木手はこのデザインを気に入ってるらしいが。
 などと考えながらぺろぺろと舐めていると、甲斐くん、甲斐くん、と泣きじゃくるような声が横から聞こえてくる。顔を上げると木手が涙目になっていた。
「それやだ……やめて」
「ぬーよ、それって」
 甲斐はなんだか意地悪な気持ちになった。だって木手が涙ぐんでいるのだ。「わんフラーやし。ちゃんとあびらんとわかんねーらん」意地悪く言うと、木手は鼻をひくつかせて呻いた。腹を立てているような、悔しがっているような、いじめられて悲しんでいるような、そんな顔をして甲斐を見ている。甲斐は股間に熱が集まるのを感じた。それと同時にまたも木手が呻く。中に入っているのだから当然といえば当然だった。
 甲斐の一挙手一投足で木手はどうにでもなってしまえるのだということを知って、さてどうしようか、という気持ちである。いつもゴーヤで脅されている分いじめてやろうかと思うし、偉そうにしている木手を懐柔したいとも思う。うんうんと考え込む甲斐の下で、両腕を掴まれたままの木手は落ち着かない様子でもぞもぞと腰を動かしたので、窘めるように一度打ち付けた。
「っひ、ぅ」
「ちゃーしたばぁえーしろー、もじもじして」
 分かっているくせに聞いてくる甲斐は本当に、これまでになく嗜虐的な気分だった。別に木手を組み敷くのは初めてではないのにどうして今日はこんなに意地悪になるのだろう。自分でもよくわからなかったが、ただでさえ頭を使うのは苦手な甲斐だったので、もう何も考えず勢いのまま行動することにした。事が終わった後のことを考えると肝が冷えなくもないが、それはそれ、これはこれ。今が気持ちよければいいのだ。
 緩く腰を打ち付けると、同じリズムで木手も喘ぐ。あっあっ、と艶めかしい声を漏らすたびに乱れた髪も揺れる。一時間十五分かけてセットしている自慢の髪はすっかり落ち着いていた。前髪も降りているし、懐かしいなぁと甲斐は思う。中学二年の夏までは木手はこんな髪型だった。九州地区予選で負けた後、獅子楽と四天宝寺の試合を偵察しに行ってから数日後に突如リーゼントにし始めたのだ。見慣れた今では木手に似合っていると思うが、少し怖いので、髪を降ろしている方が甲斐は好きだ。こっちの方が幼く見えて可愛いし、とは言えないが、こっそり思っている。
 さっき剥がしてやった前髪がまた額に貼りついていたので、甲斐は顔を近づけて鼻で髪を退けた。そのまま下に降りて唇に噛みつく。木手は大人しかった。舌を入れると向こうから絡んできたので一生懸命に構う。甲斐はいつまで経ってもキスをしながら鼻で呼吸をすることがうまくできないので、今日も少し遊んだらすぐに顔を離してしまった。ぜぇはぁと呼吸をすると仕掛けた自分の方が必死になっているように思えて癪なので、鼻呼吸を覚えることが目下の目標である。
 甲斐の呼吸が少し落ち着いた頃、同じように息を整えていた木手がゆっくりと唇を開いた。
「裕くん」
 と呼ばれて甲斐は震えた。今では苗字呼びに変わってしまった呼び名を、木手はこういう時に使ってくる。その度に甲斐は言い知れぬ高揚に襲われるのだ。
 口の中に溜まった唾液をごくりと飲み込んで見つめ返すと、木手はキュッと目尻を細めた。
「あんまり、いじわるさんけーよ……」
 お願いだから、と懇願されて、甲斐はこれ以上意地悪をする気にはなれなかった。だって木手がお願いしているのだ。いつもの命令ではない。嫌だと断り散々意地悪することもできるけども、こんな顔をされたらもう甲斐はなにも出来なかった。「……わっさん」まとめ上げていた腕を離して抱きつくと、仕様のない声でいいよ、と言われた。
 腕を回し返してはくれないのかと尋ねると「痺れて動かないんですよ」と返されたので、甲斐は慌てて木手の腕を取り自分の首に回す。
「いや……そうじゃなくて……」
「あい? 違ったかやぁ」
「……いいよ、もう」続きして、と掠れた声を耳に吹き込まれて甲斐の熱が上がる。よしきたと張り切って体勢を整えると木手が笑った。
 結局、熱の加減は木手のひとこと次第だということに甲斐は最後まで気づいていなかった。




20130617 手の上で踊れ