完全にその場の勢いだった。当たり前だが甲斐はそんなつもりで平古場の家に行ったわけではない。

普通に部活をして、一緒に帰っている時に「最近イイものを手に入れた」と平古場が耳打ちしてきたのが始まりだった。「いいもの?」「きっと裕次郎もしちゅんどー」平古場の唇をがニヤリと上がる。今日は夜まで誰もいないから来ればいい、と話す唇から覗く八重歯に何故か気を取られながら、甲斐は頷いたのだった。
彼のいう『イイもの』とは、端的にいうとアダルトビデオだった。ストリートダンスの仲間から回してもらったというそれは日本製ではない。テレビの中でブロンド美女が屈強な男に組み敷かれて声を上げている様を、平古場と二人でベッドに座り眺めた。甲斐とてこういうものを見るのは初めてではないが、外国のそれを見るのは初めてだったので、興奮するというよりは奇妙な感覚の方が強かった。
黄色味のない白い肌や引き締まった身体、見事なくびれに長い手足。日本女性は体の細さに比例して肉付きも少なくなるので華奢な印象を受けるが、外人は引き締まっていても肉付きがよく、太ももなどは今にもはち切れんばかりの光沢を放っている。画面の中で男が何事かを喋りながら腰を打ちつけるたびに女も何事かをいうが、当然のことすべて英語なので、甲斐は段々リスニングの授業をしているような気持ちになってきた。興奮とは程遠い。
「うり、どうよ」
そう訊いてくる平古場に、学校にいるような気分だと言うと大笑いされた。笑いながら、平古場が手を伸ばしてくる。
「ぅひゃっ」
「あーじゅんに、フニャフニャやっし」
「凛ッ、ちょお! 揉まんけー!」
スラックスの上から股間を揉んでくる手を掴んでも平古場は手の動きを止めないので、こなくそと甲斐も手を伸ばすが、手が届く前に見ただけで様子がわかった。帰ってきて早々着替えた平古場のスウェットは緩く持ちあがっていた。
勃ってる、と怯んだ甲斐は、しかし伸ばした手を急に止めることもできなかったので、勢いのまま股間に触れた。「んっ」「へっ……へんなー声出すなって」「しょーがねーらんに。やーこそ人ンくとぅあびてる場合かよ」平古場の手は巧みだった。滑らかに動く指の関節に玉やら竿やらを刺激されて、堪え性のない甲斐はいとも簡単に限界を迎えた。その間申し訳程度に平古場のモノも握っていたが、手は震えるばかりで何もしていない。
息を詰めて小さく身震いした甲斐を見て、平古場は大笑いした。爆笑である。早漏だのなんだのと腹を抱えて笑われて、息を整えている甲斐は腹が立ってきた。友人の(それも男の)手で簡単に達してしまった自分もそうだが、やはりいきなり好き勝手に甲斐を弄った挙句笑いものにしている平古場に一番腹が立った。
げらげらと腹を抱えている平古場の肩を突き飛ばすと油断していた体は簡単に倒れた。その後を追い、頭の両脇に腕をつくと、平古場はやっと笑うのをやめた。
「ぬーよ、裕次郎」怒ってんの、と唇を上げた平古場の八重歯が部屋の灯りで反射する。甲斐はまたしても気を取られ、何故だか吸い寄せられるように顔を近づけた。吸い付いた八重歯は当然のこと固く、唾液でぬめっている。空気に晒された唾液の冷たさにハッと我に返った甲斐はすぐに顔を離そうとしたが、その唇が再び近づいたのは平古場が頭を引き寄せたからだった。
キューティクルもくそもないほど痛んだ髪を掴んで乱暴に引き寄せた平古場は、甲斐の唇を舐めたり噛んだり、かぶりと食うように覆ったりする。驚いて口を開くと蛇のようにするりと舌が入り込んできて、甲斐の咥内を好き勝手に蹂躙した。
始めは腕を突っ張って逃れようとしていた甲斐だったが、上顎を擽られたり舌を吸われたりしているうちに力が抜けていき、最後にはすっかり平古場の上に乗っかっていた。くたりと身体を預けてくる甲斐の髪をいじりながら「なぁ裕次郎」と名前を呼ばれて、平古場の首元に顔を埋めていた甲斐は「ぁに、」と痺れた舌でなんとか返した。テレビの中ではブロンド美女が喘いでいる。肌がぶつかり合う音や粘ついた水音も聞こえてくる。ベット脇の窓の向こうはまだまだ明るいというのに、部屋の中には怠惰で淫猥な空気しかなかった。
平古場が甲斐の頭を抱くように引き寄せて耳元で囁いた言葉に、だらけた犬のごとく甲斐は頷いた。イイコ、とふざけて笑う平古場に唇を食まれながら、甲斐はスウェットの中に手を入れた。舌はもう痺れていなかった。




20130804 そんなつもりじゃなかった(けど)