いとしの馬鹿やろう


佐世保バーガーを食べ食べ歩いていたかと思えば急に走り出し、少し先にたむろしている鳩の群れに突っ込んでいった裕次郎を見て、なんであいつはあんなに馬鹿なのかと凜は首を傾げた。今だって佐世保バーガーひとつを買う金もないと言うので、ワリカンで買ったひとつきりの佐世保バーガーを交互に食べ合いながら帰路を歩んでいた。どんだけ金がねぇんだと笑われてやんやと言い返しつつも、小遣いに余裕のあった凛が奢ってやろうかと言っても裕次郎は首を横に振った。凜が五十円多く出すことについては頷いた。
突っ込んで、当然のこと鳩に逃げられた裕次郎は「あー」と残念そうな声を出して戻ってくる。残りわずかとなった佐世保バーガーを一口齧った凛は、戻ってきた裕次郎の口に食い差しを突っ込んだ。『もらっていいのか?』というようなことをふがふが言ってくる裕次郎に頷くと、『どうもありがとう』というようなことをふがふが言ってきたので、気にするなという意味を込めて背中を叩き再び足を進めた。大した大きさじゃないと思っていたがどうやら裕次郎には少し大きかったようで、ふがふがもごもご悪戦苦闘しながら佐世保バーガーをやっつけている。そういえばこいつ口小さかったっけな、と今更思い出した凛は申し訳なく思い、自分のラケットバッグから水を取り出した。蓋を開けて差し出すと裕次郎は『これはご親切にどうも』というようなことをもごもご言いながらペットボトルを受け取る。受け取るがしかし、ボトルに口をつける隙間がないほど佐世保バーガーは幅を利かせていたので、結局裕次郎が水を飲めたのはそれからまた少し後のことだった。美味なる脅威を打ち倒し勝利の水を飲んだ裕次郎は大きく息を吐くと、にふぇー! と凜に水を返した。受け取ろうと手を出した凛は、残りが一口分あるかどうかという量だったので、そのまま全部飲んじまえとペットボトルを押し返した。なるほどと頷いた裕次郎が水を飲み干した直後、腕を降ろした拍子に手の平が滑って空のボトルが道路に落ちた。不運にも下り坂の始まりであったのでペットボトルはそのままコロコロとコンクリートを転がっていく。絶望的な顔でこちらを見てくる甲斐に、ちゃんと取りに行けよという意味を込めて顎で下り坂をしゃくった凛は、もう随分遠くまで転がってしまったそれを追いかけ走る裕次郎を眺めながらゆっくりと坂道を下り歩いて行った。
凜が下り坂の終点に到達した頃、ペットボトルを手にした裕次郎がへろへろになって戻ってきた。勢いのまま転がり落ちたペットボトルは坂道を越えてもそのまま平坦な道を駆け抜けていったので、裕次郎もその後を追いかけたのだった。すっかり疲れた様子にゲラゲラ笑いながら、お疲れさんと裕次郎の帽子をぽんぽん叩いた凜は、具合よく道端に置かれていたゴミ箱にペットボトルを捨てた。
益体のない話をしながら二人が分かれる道に差し掛かり、また明日と凛が背を向けようとした瞬間、裕次郎は思い出したようにアッと声を上げた。ラケットの突き刺さったリュックを腹に回して漁っていた裕次郎は小さなビニール袋を引っ張り出した。コンビニ等でもらう普通のビニール袋の一番小さいサイズである。今度は何が始まるのかと面白半分で見守っている凛の前で、ビニール袋をひっくり返した裕次郎は中から出てきたキラキラした何かを「はい」と凜に差し出した。
「……えっ? ぬーよくり」
「ネックレス!」
わんの手作りよ、と誇らしげに笑われても、はぁ、と気の抜けた返事を返すしかない。「えー……突然ぬーや裕次郎ォ」「くりうまく出来たんさぁ。んじ、凜に似合いそうだなーって思ったわけ」だからやる、と突き出された腕に反射的に手を差し出すと、裕次郎は凛にネックレスを握らせて、また明日なとそのまま帰ってしまった。道の真ん中でシルバーネックレスを握りしめて、遠くなっていく背中を眺めながら、なんで俺はあんな馬鹿のことが好きなんだろうと凛は途方にくれた。




20131018
鳩を追いかけ回したり声あげて泣いてもいいのは五才までだぞ(穂村弘)