かわいそうに、とそいつが笑う。目を細めて、いやらしく口元を上げながら俺を見て、楽しそうな声で囁いてくる。「嗚呼かわいそうに」
刻一刻と能力が減退していくのを目の当たりにする内に、焦りと不安の中で随分と落ち着いている自分がいることにある時ふと気が付いた。能力がなくなるということはヒーローができなくなるということで、それはつまり俺という人間が使い物にならなくなるということだ。ヒーローでもない、かといってデスクワークもまともにこなせない人間をかのアポロンメディアが雇い続けるわけがない。きっと即効で解雇されるんだろうなぁと考えると、「そしたら楓と一緒に暮らせるな」とそいつは言う。でも解雇されるってことは失業するってことで、収入がゼロになるんだぞ。「今まで結構な額もらってきて、実家への仕送りとか色々差し引いても腐るほど金は残ってんだろ」 そいつは続けて、「金使うような趣味持ってなくてよかったなぁ」などと言うので、むっとした俺はこれから出来たらどうするんだよと返した。「いーや、できないね。プレミアついてるレジェンドのお宝グッズも一通り集めたし、酒は好きでもギャンブルと煙草は嫌いだろうが。女はともえ一筋だしよー」そう言われてしまうとぐぅの音も出ない。確かにその通りなのだ。仮に明日失業したとしても贅沢をしなければしばらくの間は母親と楓と三人で暮らしていける程度の蓄えはある。しかしそういう問題ではないだろう。一年前の事件以来バニーとも至極良好な関係を築けているし、ランキングだって四位になった。連係プレーの賜物で器物損害もかなり減ったので以前と比べたら賠償金なんて無いに等しい。…まぁそれは言い過ぎかもしれないが、週一で裁判所に呼び出されていた日々を思うと大きな進歩だ。そうだ、バニーなんて今では俺のこと『虎徹さん』って呼ぶんだぞ。ちょっと前はおじさんおじさんって馬鹿にしたような物言いしかしなかったあいつも随分と懐いてくれているのだ。きっとあいつだって俺がいなくなったら、「悲しむかぁ?」
首を少し傾けて、ほんとにそうかぁ?とそいつが喋る。「バニーの元々の目的は親の仇を探し出すことで、それは一年前に終わったよな。あの一件も合って今じゃKOHだし、コンビ組んでるお前も需要が増えてきたけどさ、でもそれってあくまで“ついで”だろ?ロートルにしては活躍もしてるし順位も高い。けどバニーがいなかったら今でもお前はランキング最下位の落ちぶれヒーローだったんじゃねーの?そんで能力が減退してきて、ポイントも稼げないのに賠償金ばっか増やすからすぐお払い箱だろうな。ああその前にバニーがいないとアポロンからの引き抜き話もなくなるから、とっくにヒーローじゃなくなってたかも。」するすると出てくる言葉が俺の耳に入り込んでくる。そんなことないと言えないのは本当は俺もそう思っているからだった。「なぁどうする?バニーに『短い間でしたが、今までありがとうございました』って言われたら。引き止められもせずにさぁ。」そんなことない、あいつはもっと悲しんでくれると、どうして俺は言えないんだろう。
かわいそうに、とそいつが笑う。目を細めて、いやらしく口元を上げながら俺を見て、楽しそうな声で囁いてくる。「嗚呼かわいそうに」、お前ひとりぼっちだなと、そいつはとうとう微笑んだ。俺は、母ちゃんと楓がいるから一人じゃないと言おうとしたが、唇が乾ききっていたせいでうまく言葉にならない。その様子を見て益々楽しそうに歪む顔を見ていられなくて俺は目を閉じた。それでも瞼の裏に浮かんでくるので手で顔を覆いながらやめてくれと呟くと、馴染み深い笑い声が聞こえてくる。
やめてくれ、俺はそんな風に笑わないはずだ。
(アンドロメダの未来 20110719)
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