※20話ネタバレ
※なんとなく事情を察したルナルナがマベ倒しに協力してくれたよ!
※ヒーローズvs月虎を経てなんやかんやでマベ倒したよ!
※兎虎も仲直りしておじさんの能力も元に戻ったよ!










「虎徹さん」
横から声をかけられて、虎徹はランニングマシンを一旦止めた。「おう、どうしたバニー」首から提げたタオルで汗を拭きながら答える虎徹に、この後空いてますかとバーナビーが尋ねると、虎徹は「あー……」と曖昧に声を出しながら頬を掻いた。
「わりぃ、人と約束しててさ」
「ではその後はどうですか」
「あーっと…、結構時間かかるんだよ。だから今日は無理なんだわ」
ごめんな、と笑った虎徹はマシンの電源を切って歩き出す。
「もう帰るんですか」
「バニーちゃんが見てないだけで今日はいっぱい頑張ったのー」
ひらひらと後ろ手を振りながらトレーニングルームを出て行く虎徹を見送りながら、バーナビーは声をかけようと口を開きかけて、やめた。



恩人だと思っていたマーベリックに手のひらの上で転がされていたと知ったとき、バーナビーは(これは夢なんじゃないか)と思った。その時バーナビーは虎徹のことを思い出していたが、同時に自分がしたことも思い出していた。まんまと騙されて、あれだけ信頼していた相棒を身内の仇と思い込んで随分と手酷いことをした後だった。それは他のヒーローたちにも言えることで、皆なにかしらの傷を虎徹に負わせていたのだが、対して彼らは無傷だった。虎徹は抵抗こそしたものの、一度たりとも反撃はしなかったからだ。
すべてが終わった後、バーナビーは虎徹に泣いて謝った。涙で同情を引こうと思ったわけではない。溢れ出た涙が一粒こぼれると堰を切ったようにぼろぼろと止まらなくなり、言葉もつかえてよく聞き取れないしゃっくり交じりの酷い声を上げながらバーナビーは病室のベッドに横たわる虎徹に縋り付いた。包帯だらけの手を握り締めて、顔を押し付けて、ごめんなさいと子供のように繰り返した。バーナビーが泣き疲れて眠ってしまうまで、とうとう虎徹は何も言わなかった。どんな表情をしていたのかは分からない。顔を見るのがこわくて、バーナビーは虎徹の手に顔を押し付けていた。
虎徹が退院した後は今まで通りコンビとしてヒーローを続けた。虎徹が囮になりバーナビーが犯人を捕まえたり、前線に向かうバーナビーのサポートをしたりと、それまでの日常に戻った。そう思っていた。

最初に気づいたのはパオリンだった。いつものようにトレーニングルームに集まっているとき、そういえば最近タイガーの姿を見かけないね、とぽつりと漏らし、それを聞いて他の面子もそういえば、と気が付いた。
「ねぇ、今日タイガーは?一緒じゃないの?」
「誘ってみたんですけど、用事があるみたいで」
バーナビーがカリーナに返すと、そう、と顔を伏せる。パオリンやイワンも少し落ち込んだように俯いた。「まぁ、そのうち来るんじゃないですか。あの人元々トレーニングさぼり気味だったし」重くなってしまった空気を払うようにバーナビーが声を上げる。「きっと明日は来ますよ。」それが、カリーナたちを安心させるための言葉なのか、自分に言い聞かせたものなのか、バーナビーにはわからなかった。
結局、それまでほぼ毎日のようにトレーニングルームに顔を出していた虎徹は今では週に一度来ればいい方で、ほとんど顔を見せなくなった。かといって体が衰えているというわけでもないのでトレーニング自体はきちんと行っているようだ。今日もタイガーいないの?そう尋ねてきたパオリンにバーナビーが小さく微笑むと、パオリンは黙って目を伏せた。



虎徹を追ってバーナビーが更衣室に入ると、ちょうど虎徹がTシャツを脱いだところだった。こちらに向けている背中には十年の間に付いた古傷の他に治りかけの傷がいくつか見えた。基本的にアンダースーツの上からプロテクターを装着している二人は、めったなことがないかぎりスーツの下に傷を負うことはない。まず外面を覆う強固なプロテクターが大半の攻撃を防ぎ、全身を覆うアンダースーツがプロテクターを貫いた攻撃を生身から守る。アンダースーツ自体はそれほど強度があるわけではないが、プロテクターで勢いを殺された攻撃を受け止める程度には頑丈な造りになっている。だから虎徹とバーナビーが完全にスーツで覆われた胴体に外傷を負うことはまずないのだが、それは斉藤が開発したスーツだからこそであって、たとえば虎徹が一年前まで着ていた青いスーツなどは簡単に生身に傷をつけてしまう。
あの日、虎徹は青いスーツを着ていた。正義の壊し屋・ワイルドタイガーとして名を馳せた歴史のあるそのスーツを、なぜわざわざ着たのかバーナビーには分からない。何度も聞こうと思ったが、あの時のことを口に出したら虎徹がいなくなってしまうような気がして聞けないでいる。
「虎徹さん」
声を出した瞬間、過剰なほどに素早く振り向いた虎徹は、なんだお前かよとわざとらしく顔を顰めた。バーナビーは一歩ずつ虎徹に近づいていく。
「虎徹さん」
「ンだよバニーちゃん、俺シャワー浴びたいんだけ、」ど 。

不自然ではなかった。脱ぎ捨てたTシャツを拾い上げるために腕を引き、床からシャツを拾い上げただけだ。なにもおかしいことはない。虎徹の左腕を掴もうとバーナビーが伸ばした手が、虎徹が腕を引いたために何も掴めなかったというだけだ。バーナビーは、くしゃりと顔を歪めて虎徹を見た。アンバーの瞳を縋るように見つめても虎徹は小さく微笑むだけで何も言わない。
ふ、と目蓋を下ろした虎徹は、手に持っていたシャツをロッカーに入れ、ハーフパンツと下着を脱いでからシャワールームへ向かった。パタン、と小さくドアの閉まる音を聞いた後も、しばらくバーナビーは動けなかった。



『誰も悪くないよ。少なくともお前らは、絶対に悪くない。』
病室で、虎徹は皆にそう言った。ある意味お前らも被害者だもんな。勝手に頭ン中いじくられて、気持ち悪かったろ。バーナビーと同じように泣きじゃくる子供たちとベッドの周りに立つ大人たちに微笑みながら、ごめんなと虎徹は言った。
巻き込んじゃって、ごめんなぁ。



なんともお粗末なことに、バーナビーはすっかり許された気でいたのだ。何もかもが片付いて、これからまたあの人とバディを組める、今度こそ心から信じあえる相棒になれると当たり前のように思っていた。
最初は小さな違和感だった。いつものように遅刻ギリギリで出社した虎徹は、しかし今までのようにやたらとバーナビーに話しかけなくなった。特に用事の無いときは一緒に昼食を取っていたのに、昼休みになるとすぐに席を立ってどこかへ行ってしまう。午後も午前中と同じように黙々と事務処理をこなし事件もなければ定時でさっさと帰っていく。その日バーナビーにかけられた言葉は、業務に関係するものを除けば「おはよう」「また明日な」だけだった。そんな日々が一週間、半月、一ヶ月と続くうちに、バーナビーはようやく理解した。


身近な人間すべてに裏切られて、謂れの無い罵倒をされて、それで平気な人間がどこにいるのだろう。それが人為的なものであったとしても、泣いて謝られても、ちっとも気にしないでいられる人間がいるだろうか。もし自分が同じことをされたら二度とその人を信用しようとは思わないだろうとバーナビーは思う。出来ることなら関わりたくすらない。自分だってそう思うのに、どうしてあの人だけ特別だなんて思っていたんだろう。
バーナビーも、他の皆も、ずいぶんと虎徹に甘えていた。あいつなら何をやっても許してくれるだろうと心のどこかで思っていた。鏑木虎徹という人間を都合の言いように美化しすぎていたのだ。
虎徹に避けられるようになってから、バーナビーは一度だけ、外で他の人間といる虎徹を見た。相手は虎徹がよく賠償金の問題で世話になっている裁判官だった。虎徹はいつもの格好で相手も同じようにスーツを着ていたが、彼に話しかける虎徹の顔はとても輝いていた。それはバーナビーが久しく見ていなかったもので、数ヶ月前までは自分たちに向けられていたものだ。
カフェのテラスに座る二人は、コーヒーを飲みながら穏やかに会話をしている。硬い印象があった裁判官も虎徹の話に柔らかい笑みを浮かべて耳を傾けている。ほんの少し前まで、その席はバーナビーのものだった。

虎徹は皆を恨んでいるわけではない。嫌いになったわけでもない。変わらず信用している。もちろんバーナビーのことも。
ただ、もう二度と自分を信頼してはくれないのだろうと、分厚い壁の向こうで笑う虎徹を見てバーナビーは思うのだった。








20110814 ♪晴れすぎた空の下で