「あなた、NEXTなんですって?」
昼休みに廊下を歩いていると、始めて見る、おそらく同級生に突然そう訊かれたので、楓はてらいなく頷いた。半年前の大事件の際に、今思えば劇的な登場で大々的にテレビに映った楓は、そこで自身の能力も披露したため今やほとんどの人間が楓のことを知っている。シュテルンビルトはもちろん、ここオリエンタルタウンでも知らぬものは居ないというほどまでに有名になった。とは言え、物心ついた時からオリエンタルタウンで暮らしているので元々の知り合いは多かったのだが。
だから、あの事件の後NEXTだということが知れ渡ってもよく聞くイジメなどはなかったし、楓に冷たく当たる者もいなかった。友人も多く、皆から好かれていたというのもあるが、父親である虎徹の影響が大きい。今は引退して家でゴロゴロしているが、少し前まではワイルドタイガーとしてシュテルンビルトの平和を守っていたのだ。ロートルということもあって大きなファンはいないが、それでも根強いファンはいるもので、虎徹が帰ってきてからというもの色んな人が入れ替わり立ち代りやってきてやれ野菜だやれお米だとお裾分け(にしては大げさすぎると思うが)を持ってやってくる。実際楓も、クラスメイト、特に男子から一度でいいから会わせてくれと頼まれることがしばしばあった。面倒なので、授業参観のときに会えるよと追い払っているが、楓としても自分の父親がチヤホヤされるのは悪い気分ではないので、今まで来てくれなかった分も含めて今年は授業参観だけでなく運動会にも絶対来てもらおうと思っている。言うまでもなく、自分を溺愛している父が張り切って来るだろうことはわかっていたけども。

そんなわけなので、楓は今の今まで所謂“NEXT差別“というものを受けたことが無かった。これが差別に当たるかどうかは分からないが、目の前で意地悪く笑っている少女とその後ろで同じような顔をしている取り巻きを見るに、良い感情は持っていないだろう。
「そうだけど」
それが何か? 平然と返す楓に、少女はフンと鼻を鳴らす。
「ねぇ化け物さん。早く学校から出て行ってくれない?」
「はぁ……?」
こちらを見ながらクスクスと笑い始める少女たちは、ぽかんとしたままの楓に向かってもう一度「化け物」と言った。それに対する楓の返答はもちろん、
「……はぁ?」
なんだこいつら、と思っている間に、満足したのかクスクス笑いながら少女たちが去っていく。何だ今のは。悪口のつもりだったのだろうか。首を傾げつつも、ぼんやりしていると休み時間がなくなってしまうので楓は教室に戻った。



それからというもの、件の少女たちは楓に嫌がらせをしてくるようになった。上履きを隠すまではまだよかったが、楓が無視し続けていると教科書を捨てられたり、体育の間に服を破かれたりと派手になってきた。バレたらなにかとめんどくさいので隠し通してきたが、さすがに服が破られては隠し切れず、異変に気づいた友人に問い詰められたので楓は堂々と「なんかいじめられてるみたい」と言った。
「えぇ!? 何で!」
「NEXTは化け物なんだって」
包み隠さず言うと、なんだなんだと集まっていたクラスメイトたちが非難の声を上げる。
「はぁー!? なんだよそれ!」
「誰にやられてるの!?」
下手すると楓よりも怒っているんじゃないかというほどの激高ぶりに少々引きつつ、ちょっと派手めでいつも取り巻きみたいなの連れてる子だと言うと、一人が「あっ!」と声を上げた。
「あの子じゃない? 最近シュテルンビルトから引っ越してきたっていう」
「あぁ〜……」
その話なら楓も聞いたことがあった。都会のシュテルンビルトからやってきたことをやたら自慢している子が居るという。あの子があの……と頷く楓に、「楓ちゃん!」と友人たちが机を叩く。
「楓ちゃんは化け物なんかじゃないよ!」
「う、うん、」
「NEXTだからとか、そんなの関係ないからね!」
「ありがとう……」
その言葉に、集まっていたクラスメイトたちもうんうんと頷く。熱い。とても熱い。友人たちの言葉はとてもありがたいのだが、心の底からいじめを気にしていない楓には少々重く感じた。ありがたいのだが。



「鏑木さん。ちょっと話があるの」
その声を聞いて、まず楓は来たよ……と思い、次にめんどくせぇ……と思った。うんざりしながら教室の入り口を見ると、いつもの取り巻きを連れた派手な少女が微笑みながらこちらを見ていた。腕組みなんかしちゃってる様子が可笑しい。
「話って?」
「ここじゃあ何だから、場所を変えましょうよ」
「(うぜぇ……)」
どう考えてもリンチする気まんまんじゃないですか、と楓は言いたかったが、会話自体がもう面倒なので一言「やだ」とだけ返した。
「話があるならここでいいじゃん」
「だからここじゃ…」
「へぇー、みんなが居る前じゃ出来ない話なんだ?」
少女の顔が少しこわばる。なんだ、こう返されることを想定していなかったのか。大人しく着いていくと思ったら大間違いだと心の中で舌を出しながら「話があるならここでして」と言った。昼休みを半分も過ぎた今は教室の中にあまり人はいない。男子は校庭に遊びに行っているし、女子は女子で外に出ていたり教室の隅でグループを作って遊んでいたりと様々だ。楓たちも机を寄せてきゃあきゃあと恋バナに花を咲かせていたところだったのに、それをあの派手子ときたら。
教室から出るどころか座る椅子からも動く様子の無い楓に、とうとう少女は教室の中に入ってきた。つかつかと早足で楓の前までやってくると、腕を組んで楓を見下しながら「化け物」と言う。はいはいまたですか。馬鹿のひとつ覚えのようにそれしか言わない少女に楓の方こそ飽き飽きしていたので、ハン、と鼻で笑ってやる。それが気に食わないのか、少女はさらに言葉を続けた。
「化け物のくせに、学校に来ないでよ」
「そんなのアンタに言われる筋合いない。ていうか私化け物じゃないし」
「化け物じゃない! それに、NEXTなんてみんな犯罪者だもの!」
ちょっと、と言い返そうとする友人を手で押さえて、「じゃあヒーローは?」と楓が言う。
「アンタがこないだまで住んでた街を守ってたのは、そのNEXTだけど」
シュテルンビルトの平和を守るのがヒーローの役目であり、義務。虎徹はそう言っていた。もちろん警察も市民の平和を守っているが、大都市のシュテルンビルトでは人口が多い分犯罪者の数も多く、またNEXT犯罪者も多いため警察だけでは対応しきれない。それに捕まえるまではヒーローの仕事だが、引き渡してから刑務所に入るまで、入った後は警察の仕事だ。ヒーローの仕事にも区分がある。
シュテルンビルト外の街でもテレビでヒーローの活躍を見ることができ、何をしているか知っているのだから実際に住んでいればどれほどヒーローが街の平和に尽くしているかを知っているはずだ。「そのヒーローも化け物だってアンタが言うなら、もう私も何も言わないけど」、ヒーローは別だなんて調子のいいこと言うなら、「ちょっと怒るよ。私」
椅子に座ったまま見上げる楓の瞳は鋭い。怯んだ少女は自身の負けを感じているはずなのにそれを認めようとせず、なによ! と声を荒げた。

「あんたの父親なんか、犯罪者だったくせに!」












いくつか訂正があるね、と楓が笑う。
「私のお父さんは、犯罪者じゃない」
テレビ、見てたよね? じゃああれが全部間違いで、本当に悪いやつが別にいたってことも当然知ってるよね? 返事は求めていないのか、固まる少女を見つめながら楓は「ふたつめ」と言った。
「NEXTは、確かに人間離れしてるけど、化け物じゃない。誰でもNEXTになる可能性はあるんだよ」
だから、あなたも寝て起きたらNEXTになってるかもしれないね。「そうなったら、あなたも化け物だね?」氷のように冷えた両手で少女の首筋に触れると、冷たさに身を竦めながらひぃ、と少女が呻く。少女と楓の周りは今、真冬のように冷え切っている。目の前で青く発光する楓を見つめる少女が震えているのは寒さのせいだろうか。ビビッてくれてたら嬉しいんだけどと思いながら、楓はにっこり笑って少女から手を離した。
「妬みってかっこわるいよ」
離した手を胸の前で重ねてグッと力を込める。手ごたえを感じた後に広げると、氷で出来た薄いモミジの葉が一枚あった。「こういうことが出来て、羨ましいのはわかるけど」。これあげる、と氷細工のモミジを差し出すと、少女は震える手でそれを取った後、小さな声でごめんなさいと呟いた。楓は一言、いいよ、と返す。
「これからは仲良くしようね」
笑った楓に少女が頷く。化け物なんて言って、ごめんなさい。繰り返された言葉に、楓ももう一度「いいよ」と言った。



途中まで一緒に帰ってきた少女と別れ、一人で帰る道すがら(お父さんがいなくてよかった……)と楓は心底思った。昨日はシュテルンビルトに行ってカリーナやパオリンたちと遊んできたので、最後に触ったカリーナの能力をコピーしたままだ。いつもなら自分が帰った瞬間おかえり〜!と虎徹が出迎えにやってきてむりくり頭を撫でるし、それがなくても翌朝楓が学校に行く前には必ず行ってらっしゃいと玄関まで見送りにきて、ここでも頭を撫でるので常にハンドレットパワーがコピー状態になってしまうのだが、昨日は虎徹もシュテルンビルトに行ったようで(それを楓が知ったのは帰ってきてからだった)、結局朝まで帰ってこなかった。今日は飲みすぎたから泊まっていく、明日の夜までには帰るという旨の電話を昨晩受けたので、今頃家で寝ているか、もしくはまだ帰ってきていないかのどちらかだ。
一瞬怒りのあまり能力を発動してしまい、冷えた空気に自分の頭も冷えたのでああして冷静に話すことができたが、もしあれがハンドレットパワーだったら机か床か、ともかく何かをぶち壊していたことは間違いない。下手すると少女に怪我を負わせていたかもしれないと考えて、楓は改めて父親不在の幸運に感謝した。
「あとでバーナビーさんにお礼の電話しとこっと」
虎徹さん、飲みすぎて潰れちゃったのでこのまま泊まらせますねとご丁寧に連絡をくれたバーナビーの顔を思い浮かべて、ふふ、と笑いが零れた。お父さん迷惑かけてないといいんだけどなぁ。




20110819