もし本当に、俺とお前が生き別れの双子なんだって言ったら、お前、どうする。

教室の窓枠に腰をかけて笑うトラは、笑っているのに少し悲しそうな顔をしていたので、俺は「悲しいの」と尋ねた。まずは質問に答えろ、と返される。うーん、そうだなぁ。お前と俺が兄弟だったら?
「まず、どっちが兄貴か決めるかなぁ」
俺の返事は予想外の内容だったようで、トラはぽかんと間抜けな顔をしたあと腹を抱えて笑い出した。普段は無口で、声を上げて笑うところなんて見たことがなかったからすごく驚いたけど、同時にめちゃくちゃ恥ずかしくなって、笑うなよ!とトラに怒鳴った。「大事なことだぞ!」俺にはもうすでに兄ちゃんがいるが、さらに兄が増えるかそれとも俺が兄になるのかはとても大事なことだ。兄ちゃんは優しいけどやっぱり兄ちゃんって感じで、なんだかんだ俺を子ども扱いしてる節がある。もう高三なのに。だから俺は、たとえ同い年であっても弟がほしい。俺もお兄ちゃんぶりたい。
「そうか」
俺の話を聞いて、それは大事なことだなとトラが言う。落ち着いた声は俺と同じで、物憂げに目を伏せる顔も俺とおんなじ顔だけど、きっと俺たちが並んだらあいつが兄貴に見えるんだろうなぁ。お兄ちゃんぶりたいと思ってはいるけど、弟気質が体に染み付いているようだ。






トラが転入してきたのは高校三年の秋だった。秋といってもほとんど冬に足をつっこみかけている、ものすごく中途半端な時期だ。三年のこの時期なんて受験一色なのでロクに授業もせずひたすら来るべき日に向けて皆必死に勉強している頃で、つまり、トラはとても中途半端な転入生だった。
こんな時期に転入してくるってだけで珍しいのに、なんとトラは俺とそっくりだったのだ。瓜二つ。一卵性の双子かってレベル。俺と兄貴より、俺とトラの方が兄弟っぽくみえる。そんな背丈も声も俺とそっくりな転入生の名前は『コテツ』。もうびっくりってレベルじゃない。やばい。クラス中が騒然とする中間違いなく一番驚いていたのは俺だ。まさか名前まで一緒なんて思わないだろ。向こうはローマ字だし苗字も英語圏のそれだけど、その辺は家庭の事情らしい。詳しくは聞いてない。こうなると性格も同じか? と思ったけど、トラは無口で物静かで、必要最低限のこと以外はあまり喋らなかった。俺とは正反対。でも別に暗いわけではなく付き合いが悪いわけでもない。ただ大人しい。年がら年中ぎゃあぎゃあ騒いでる俺と違ってトラはほとんど笑わないし、ぎゃあぎゃあ騒ぐことも無い。笑うときも微笑むとかそんな感じ。俺にはうるさいとか騒ぐなとか文句しか言わない女子がトラを見て「鏑木くんも黙っていればかっこいいのに」などと言うので、もっと騒いでやった。その時もトラは俺の隣で大人しくそれを眺めていたからさらに同じことを言われた。余計なお世話だ。
トラ、という呼び名は俺が決めた。“こてつ“じゃ紛らわしいから一文字取ってトラ。最初は苗字で呼べばいいかと思ってたんだけど、トラに出来れば名前で読んでほしいと言われたのであだ名を付けたわけだ。苗字で呼ばれるのがあまり好きではないらしい。にしてもトラはあまりに安直すぎるか、と心配したのだが、当の本人は嬉しそうに「それがいい」と言うので、以降俺にそっくりのあいつは『トラ』と呼ばれている。

トラはクラスの皆とも仲良くしていたけど、なにぶん時期が時期なもんで、遊びに行ったりするようなことはほとんどなかった。文化祭はトラが来る一週間前に終わってしまったし、この先春まで大きな行事はない。あるとすれば受験くらいだ。俺はスポーツ推薦で大学が決まっていて暇だったので、同じく暇そうにしていたトラとよく遊んだ。同じ顔の他人というのが面白かったのもある。トラもすでに進学先は決まっているようで、合格圏内に入っているから焦って勉強する必要も無いのだという。余裕だねぇ。「別に余裕ではない」茶化す俺に、トラは小さく笑う。
「家では勉強してるんだぞ」
「えーまじで? なんかトラってうち帰っても本読んでるイメージなんだけど」
「受験生なんだから勉強はするさ」
まぁ本も読むが、と加わった一言にほらみろと返すと、トラはまた笑った。



リノリウムの床をぺたぺたと歩く。日の落ちかかっているこの時間は廊下一面がオレンジ色になるので結構好きだ。もっと言うと、ギリギリまで夕日が沈んだときの青とオレンジが混ざり合ったあの色が好きだ。上と下は間逆の色なのに、それぞれから延びる綺麗なグラデーションが中間地点でうまく溶け合っている、奇妙な世界が好きだった。その色は校内まで届いてこないので、そこまで空が変わると廊下は暗くなってしまうのが残念だけど。
明るいオレンジに照らされている廊下も、あともう十分もすれば暗くなるだろう。冬の日暮れは早い。今はまだ少し温かい空気も日が暮れると同時に一気に冷たくなるので、本当は空が明るいうちに家に帰りたかったのだけど馴染みの教師と話しているうちにこんな時間になってしまった。
三年間の苦楽を共にした上履きをぺたぺたと鳴らしながら教室に戻ると、窓辺に人影が見えた。まだ残ってるやつが居たのか。影は開けた窓枠に腰掛けて外を眺めていた。随分と洒落たことをしているじゃないか、ちょっとからかってやろうか、と教室に入った俺を振り向いた顔を見て、こいつじゃ茶化せねーわと俺はさっさと諦めた。
「まだ帰ってなかったのか?」
近づきながら訊いた俺に、ああ、とトラが頷く。
「人を待ってる」
「おっ彼女か! 彼女なのか!」
「違う」
淡々と返事をしたトラは、迎えが来るんだと続けた。「用事があって近くまで来たから迎えに行くと言われて」、だから待ってる。そう言ってトラは窓の外を見た。三年生の教室は一階だから、平らな校庭しか見えない。三階だったら向こうに広がる街並みもちょっとは見えたんだろうけど、トラはあまり気にしていないようだった。
「虎徹」
「なに」
何をするでもなくぼーっと立っていた俺に、窓の外を眺めながら「もし本当に、俺とお前が生き別れの双子なんだって言ったら、お前、どうする」とトラが言った。






とりあえず兄貴を決める、と言いながら、俺はどうして急にトラがそんなことを言い出したのかを考えていた。お前たち双子みたいだなとか、本当に双子なんじゃねーのとかはだいぶ初めの段階で耳が腐るほど言われた。本当に似ているから、先生も含めて会う人会う人みんなに言われた。んなわけねーよと返していたが、実はそうかもしれないと思うこともあった。というのも、俺には幼い頃の記憶がほとんどないのだ。一番古い記憶は小学校低学年の運動会で、それも具体的に何年生かまでは知らない。ただ結構チビだったから低学年だと勝手に思っているだけだ。家でアルバムを探してみてもあるのは小学校の入学式からで、それより昔の写真は一枚も無い。どうしてだと、母ちゃんには聞けなかった。なんとなく聞いたらいけないような気がしたのだ。
どちらが上かを決めるのは重要なことだと俺が言うと、トラはそうかと頷いて目を伏せる。金色がかった瞳の、手を加えていないのに少しだけ茶色い髪の、鏡に映したような同じ顔が目の前にあると自分が誰なのかよくわからなくなる。よく怪談で、鏡の中の自分が違う動きをするという話を聞くけどまさにあんな感じ。双子の人たちは常にこんな感覚を味わっているのだろうか。「本当は、」俺は絶対にしないだろう物憂げな表情のトラが小さく息を吐く。
「俺の名前はコテツじゃない」
「、え?」
「別の名前だったんだ。昔は」
物心ついた頃から孤児院で育ったトラは、10歳の時に引き取られたのだと言う。その新しい親の希望で名前を変えたのだと。
「それって……酷くないか?」
「あまりそうは思わない。元々名前に執着があったわけじゃないから。それに、」
「それに?」
「俺は代わりだから」
トラが顔を上げる。俺には縁遠い、何の感情も浮かべていない表情で俺を見てくる。代わりってなんだ? どういうことだ?複雑すぎてよく分からない。「お前、一体誰の、」


「コテツ」


空気を裂くような声に振り向く。いつの間にやってきたのか、教室の入り口に金髪の男が立っていた。遠目からでも分かるモデルみたいにスタイルの良い男の顔は、しかし、暗くてよく見えない。話し込んでいる間に日は落ちてしまったらしく、よく見たら教室の中も薄暗くなっていた。
「すみません。遅くなりました」
温厚そうな声で話しかけながら教室の中に入ってこようとする男に「バニー」とトラが声をかける。「そこで待っていろ」踏み出しかけた来客用のスリッパをぺすん、と鳴らした男がなぜです? と訊くと、部外者は教室まで入ってきちゃいけない規則なんだ、と始めて聞く規則を言い出したので、そんなの初めて聞いたと言おうとしたら、そ、と言いかけたタイミングで被せるように「じゃあまたな」と言われてしまった。なんだか俺にしゃべらせたくないみたいだ。
黙り込む俺を余所に、さっさと荷物をまとめたトラは健気にドアの前で待っている男のところまで向かう。気のせいかもしれないが、いつもより少し早足に見えた。
「ああ、よかったら君も送っていきましょうか?」
「へっ?」
「あいつはいい。家が逆方向だ」
間髪居れずに答えるトラに逆方向でもねーだろ、と言いかけたが、俺は「大丈夫です。ほんと間逆なんで」と男に返した。男は、少し残念そうにそうですか、と言うと「君も気をつけて帰ってね」と俺に笑いかけた後トラの手を引いて廊下を歩いていった。二人がある程度離れた頃を見計らって教室からそっと後ろ姿を見る。手を繋いでいるのだろうか、繋がった二人の手と擦るような足跡が段々遠ざかっていく光景を見ていたら、なぜか頭の中でドナドナが流れた。






20111011 (何も知らない)
エビマヨが双子ちゃんだったらめっちゃ萌えるじゃん!百合にゃんじゃん!という安易な考えから出来上がった話
実はバニーちゃんとエビは二週目で虎徹さんのこと必死に探してるバニーちゃんから虎徹さんを守ってるエビという厨二設定があったりする。送るうんぬんのときはバニーちゃんからも顔がよく見えなかったんだね!残念!