革命前夜




「バニーちゃんおはよー」
朝の検診でーす、とふざけたような口調でやってくる虎徹に「僕はバニーじゃないです」と言い返すが、まったく取り合ってもらえないことはこの半月で分かっている。その通り、虎徹は「バニーちゃんはバニーちゃんだろぉ」などと屁理屈にも近いことを言いながら準備をし始めたのでバーナビーもそれに従った。つまりは検診と同じだ。朝の恒例行事。もちろん変なあだ名で呼ばれることを良しとしているわけではないが、本当に嫌なときや真面目な話をするときはちゃんと名前で呼んでくるので、まぁいいかなと思い始めていることも事実である。
あっという間に検診が終わった後、窓から差し込む光を見て虎徹が「おっ」と声を上げた。
「今日は天気いいな!」
「みたいですね」
「絶好の散歩日和だわ」
よし、と手を打ち、ちょっと待ってろと言い残して虎徹が病室から出て行く。僕の意見は無視か、とバーナビーがため息をついている間に戻ってきた虎徹は、予想通り車椅子を引いていた。
「やっぱり……」
「バニーちゃん! お散歩行こ、お散歩!」
「嫌だと言ったら?」
「あ、そーゆーこと言っちゃう?」
すたすたとベッドまで近づいてきた虎徹がひょいとバーナビーを抱き上げる。お姫様抱っこというやつだ。そのままさっさと車椅子まで運び丁寧に座らせると、ブランケットを膝にかけてから「出発しんこー!」と車椅子を押した。この間バーナビーは無言だ。されるがままになっているのは、この医者は一度言い出したら何を言おうと聞かない性質なんだとバーナビーが学習したためである。


バーナビーは、自分の病気がきっと治らないだろうことを知っている。普通の十五歳ならこんな天気のいい日は外で走り回って遊んだりするのだろうが、バーナビーにとっては夢のような話だ。もし実行したらそのままぽっくり死ぬかもしれないが、そもそも走るということが出来ないのでその心配はないだろう。
虎徹に車椅子を押されながら木漏れ日の中を歩く。やっぱきもちーなぁ、な? 尋ねてくる虎徹に、そうですね、とそっけない返事をしてバーナビーは遠くの空を見た。なんて青さだ。雲ひとつない。広がるその景色はすごいと思うが、なんだか悲しくなってくるのでバーナビーは晴れ渡った空があまり好きではなかった。
「バニーちゃんとこうして散歩できて、俺うれしいなぁ」
にこにこと笑う虎徹の声は心の底から楽しそうだ。見上げた顔も声の通りだったので、バーナビーは小さく笑った。子供みたいですね、と言うとうるせーと声が飛んでくる。虎徹は医者の癖に口が悪かったが言葉の割りに口調が優しいので誰も特に問題視したりはしない。最初の頃はそれが気に食わなかったバーナビーも今ではすっかり慣れていた。
「昔はお前と歩いてるとすぐ人に呼び止められたからなぁ」
柔らかい調子で続けられた言葉に首を傾げる。「なんの話です?」虎徹がバーナビーの担当になったのはつい最近だ。何度か散歩はしているものの別に呼び止められたりはしない。バーナビーの言葉に、ああ、と何か気づいたような顔をした虎徹は、なんでもねーよと訝しむ子供の頭を乱暴に撫でた。





虎徹は大変おせっかいな医者だが、同時によくわからない男でもあった。第一印象こそ最悪だったが虎徹と一緒にいるとなんだか他の誰よりも落ち着けるし、安心する。教えてもいないのにバーナビーの好きなもの、嫌いなもの、嫌いではないがちょっと苦手なものを知っていて、おまけにちょっとした癖も知られていた。好きなものは後に取って置いてから食べること、ティッシュは二枚重ねて使うこと、寝る前に必ずホットミルクを飲むこと。そういう些細でどうでもいいことでも虎徹は知っていたし、そう出来る様に配慮することさえあった。

虎徹がバーナビーの元にやってきて数ヶ月が経った頃、ベッドの上でホットミルクを飲んでいたバーナビーは横で自分を眺める虎徹に尋ねた。
「ねぇ先生」
「ん?」
「先生はどうして僕のことをなんでも知ってるんですか」
「なんでもは知らねーよ」
知ってることだけだ、という虎徹に「それじゃあ答えになってません」と返す。マグカップを両手で包みながらホットミルクを啜るバーナビーに穏やかな顔を向けた虎徹は、「お前はな、俺の相棒だったんだよ」と言った。

「ヒーローっているだろ? 映画とかアニメに出てくるやつ。あれがさ、一つの職業になってる世界で、おまけに超能力者もうじゃうじゃいたんだ。氷を操ったり物や人に化けたり、相手の力をコピーして使えたりとか、まぁ色々だな。どう考えてもフィクションにしか思えないようなことも割りと日常茶飯事だった。ヒーローはヒーローだけど、職業で会社もちゃんとあるからサラリーマンでもあるんだなこれが。んで、会社命令でお前とコンビ組んで、ヒーローやってたの。ちなみに俺とお前は五分間だけものすごい力が出せるって能力な。」
それから虎徹は、昔話と称して自分たちがヒーローをやっていたという世界の話を始めた。その世界ではバーナビーの両親は四歳の頃に殺されていて、虎徹は結婚して子供もいたそうだ。バーナビーにとってヒーローといえば、虎徹も言ったようにフィクションの中の存在でしかない。不思議な力をもって弱気を助け強気を挫く、そんな人たちが当たり前のように存在しているだなんて信じられなかった。
昔の話だ、と虎徹は言う。昔とはつまり、所謂前世というものだろうか? 前世でも自分はこのおせっかいな男と一緒に居たのか。ちゃんとメシ食ってるかとか、ちゃんと眠れているかとか、そんなことを言われているいつかの自分を想像すると少し可笑しかった。クスリと笑ったバーナビーに虎徹が優しい顔を向ける。

「お前はきっと元気になるよ」

外で走り回ったり、大声で歌をうたったり、馬鹿みたいなことで騒いではしゃげる日が必ず来るさ。約束する。優しい顔で、しかし真面目な声で囁く虎徹にどうしてそんな約束ができるのかと尋ねると、にかっと歯を見せて笑う。
「だって、お前はヒーローだからな」
「……馬鹿馬鹿しい。子供みたいですね、先生」
生意気な口調で返すバーナビーは笑っている。残り少ないミルクを一気に飲み干すと、バーナビーはカップをサイドテーブルに置いてベッドに体を埋めた。もそもそと収まりのいい位置を見つけてから見上げた虎徹の顔は、月明かりに照らされて優しく、穏やかだ。
「おやすみなさい」
「おやすみ、バーナビー」
よい夢を。小さく聞こえた声に(あなたもね、)と心の中で返事をする。そっと頭を撫でる感触に心地よさを覚えながら、バーナビーはゆっくりと目を閉じた。








20111118 ♪ノルニル