遠い未来に
思えば、初めて会ったときからバーナビーという男はよくわからないやつだった。お姫様抱っこで不名誉な救出をされた後、突然でしゃばってきた見知らぬ男に説教染みたことを言おうとした虎徹に「お久しぶりです、先生」と言い放ち、何の話だ覚えがないといくら繰り返しても構わずに「やっと会えました」「先生が言っていたのはこういうことだったんですね」などとわけの分からないことを口走り、挙句の果てにさぁ皆さんのところに戻りましょうと再び抱え上げようとしてくる。慌てて逃げるように退散した虎徹だったが、一時間もしないうちに表彰式で出会い、眩しい笑顔で手まで振られる始末だ。「知り合いか?」バイソンに訊かれた虎徹は、俺が聞きてーよと肩を落とした。
コンビを組むようになってから徐々にバーナビーの人となりを知るようになっていったわけだが、一緒に過ごせば過ごすほどよくわからなくなった。なにせバーナビーは教えてもいないのに虎徹の好きなもの、嫌いなもの、嫌いではないがちょっと苦手なものなどを知っていて、おまけにちょっとした癖までよく知っていた。キャンディをすぐ噛んでしまうこと、ハンバーガーは潰してから食べること、靴下は左から履くこと。そういう些細でどうでもいいことでもバーナビーは知っていたし、それを配慮することさえあった。昼食に自分の分とあわせて買ってきてくれたという照り焼きサンドを「マヨネーズ多めにしてもらいましたから」と笑顔で渡されたときは恐ろしささえ覚えた。ちなみにこれはコンビを組んでから二日目の出来事で、バーナビーとの始めての食事である。
ストーカーかというくらいバーナビーは虎徹のことをよく知っていたが、不思議と虎徹に嫌悪感はなかった。それどころか、段々とバーナビーの隣が居心地良く思えてきたのだ。これには虎徹も驚いた。元々人見知りせず大概はうまく付き合っていける性質だと自覚してはいたが、ここまで落ち着くなんて。
「ねぇバニーちゃん」
「なんですか? 虎徹さん」
初めはなぜか虎徹の事を『先生』と呼んでいたバーナビーだったが、やめろと言ってからは名前にさん付けで呼ぶようになった。虎徹の方は、バーナビーの名前とヒーロースーツをもじって『バニーちゃん』と呼んでいる。少々ふざけた名前だし怒るかなぁと思ったのだが、虎徹の予想に反してバーナビーはとても嬉しそうな顔で喜んだので、虎徹も心置きなくバニーちゃんと呼んでいる。アニエスには「変なあだ名付けないで!」と怒られたが、まぁいいだろう。
バーナビーの密着取材と称して街を歩き回っている二人の横にはカメラクルーとアニエスがついて回っている。最初は虎徹がバニーちゃんと呼ぶたびに訂正していたアニエスだったが、諦めたのか今では何も言ってこない。バニーと呼ばれている当の本人が嬉しそうに返事をしていることもあるのだろう。いい画が撮れればそれでいいのだ。
ダブルチェイサーで道路を走り、たまに道端に止まってはファンサービスをして、また走って、今は公園を散歩しているところだ。先日雨が降ったからか今日の天気はとても良く、雲ひとつない快晴だった。面倒な取材で不貞腐れていた気持ちも浮かぶというものだ。
なんですか? と笑顔でこちらを向いたバーナビーに、前から聞きたかったんだけど、と虎徹が尋ねた。
「バニーちゃんはどうして俺のことなんでも知ってるの?」
大きな瞳をぱちぱちと瞬かせたバーナビーは、小さく笑いながら「なんでもは知りませんよ」と言う。「知ってることだけです」。
「それじゃあ答えになってねーだろ」
「それもそうですね」バーナビーはなぜか楽しそうだ。
公園の中にある、木漏れ日の射す小道をのろのろと歩く横ではスタッフがカメラを構えて一瞬の表情の変化も逃さないようにと気を張っているので、なんだか落ち着かない。バーナビーに話を振ると、確かにと頷く。
「前だったら、あなたとゆっくり二人で散歩が出来たんですけど」
少し残念そうに呟くバーナビーに、何の話だと虎徹が首を傾げる。
「散歩なんて初めてじゃねえか」
「ええ、今はね」
「なにその意味深な言い方」
俺バニーちゃんのことよくわかんない。口を尖らせてそう呟く虎徹に、バーナビーは歌うような声で「きっとそのうち分かりますよ」と言った。
「だって、あなたは僕のヒーローですから」
20111118 ♪ミス・パラレルワールド
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