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※大学一年生
新幹線の改札を出る前に栄純の姿は見つかった。改札の向こう側同じように待ち人を探しているたくさんの人に紛れて携帯片手にきょろきょろと顔を動かしている。降車する直前に『今ついた』と連絡したから続々と階段を下りて改札に向かうこの人並みの中に私がいるはずだと探しているのだ。エスカレーターで降りた私は忙しなく私を探す栄純に背を向けて小回りが利くようにと選んだ小さなキャリーケースを伴って化粧室へ向かった。
栄純に会うのは去年の夏以来だったけれどたった一年みない間にまた少し背が伸びたような気がする。そのまま東京の大学に進んだ栄純は相も変わらず野球を続けておりその話はメールで聞き及んでいるので知っていた。大学生の夏休みは人生で与えられる夏休みの中で最も長いがやはり部活の練習はみっちり入っているらしく今日は数少ないオフなのだそうだ。悪いわねそんな日に、と謝ってみせると栄純はにっこり笑った。「いいっていいって、そんなん気にすんなよ。俺も久し振りに若菜に会えて楽しいし」 そう言われて悪い気がする女がどこに居ようか、こいつは本当に天然人タラシだと思いながらありがとうと笑い返す私はしかし些か不満だった。出来ればそこは「会えて嬉しい」と言ってほしかった。
はるばる長野からやってきた私をエスコートする栄純は大都会東京に馴染みきっていた。安くておいしいランチのお店、小洒落たカフェ、何をどうしたらそんな風になるのかというほど天高く膨らんだパンケーキやら数十種類もの味を有するポップコーン専門店やらとかくそういう女の子が好む場所へ迷うことなく私を案内した。手慣れているというほどでもないが道の途中で行先を確認するということもなかったので行き慣れてはいるのだろうと思い少し不機嫌な気持ちになる。「どうした?」具合悪いのか? 拍手を送りたくなるタイミングで顔を覗きこんでくるこの幼馴染は昔から妙な鋭さを持っているのにもっと肝心なことには気づいてくれないのだからもどかしいったらない。「ううんなんでも」 誤魔化すように食べようと掴んでいたポップコーンを無理矢理口にねじ込んでやる。急に押し付けられたそれに唸りつつも素直に口を開けて含んだ栄純はうまい、と感想を述べて、それから自分のポップコーンをひとつ摘まんで私に差し出してきたあろうことか唇の前にである。「ほれ、あーん」あまりに自然にするものだから私もつられて口を開いてしまいアッと思う暇もなく栄純はポップコーンを優しく放り込んだ。どうだ? 中々うまいだろ、というような事を言っている栄純にそうだねと返しながら、その味を堪能する間もなく私は自分のポップコーンを口に詰めていた。
「彼女とかできたの?」直球の質問をぶつけたのは栄純が馬鹿だからだ。回りくどい物言いやオブラートなんて通用しない馬鹿なのでそんなものを使おうものなら夜が明けても聞きたい答えに辿り着かない。高校時代にも何度か聞いたことがあるが答えはノーだった。メールでも電話でも『そんな暇ねーよ』と明るい返事が返ってきて、そういう若菜はどうなんだよと定型文のように続く。私の答えもノーだ。なんせ周りの男子は皆幼馴染といっても過言ではなかったしそうでない相手にも心ときめくようなことは本当になかったのだ。告白されたことは何度かあるけれどそれは伝えていない。
小腹も満たされのんびりとした気持ちで、どこへ行くでもなくなんとなく雑踏をうろつきながら尋ねた答えは当然の事すぐに返ってくるかと思いきや、「うーん……わかんない」などというわけの分からない、ある意味一番聞きたくなかったものだったので「なにそれ」と間髪入れずに言ってしまった。吐き捨てるような響きになったのは故意ではなかった。栄純はバツが悪そうに頬を掻い
ている。
「付き合ってないけど遊んでる人がいるってこと?」
「ちげぇよ! そういうふらちな感じじゃなくて、なんつーか……」
不埒なんて言葉知ってたんだ、と思いながら慌てたように述べる弁解を聞く。
「好きだけど、たぶん相手も俺のこと好きでいてくれてると思うんだけど、でもちゃんと言ってないから、わかんない」
栄純は言いながら自分でも考えこんでいるようだった。そんな両片思いみたいなことになっているなら告白しちゃえばいいじゃないと言いかけて、結局私の口から出たのは「ふぅん」という棒にも箸にもかからない相槌だった。この話はそれきり終わり。
私がもう少し夢見がちだったら、もしくは栄純に対して盲目的だったら、はたまたほんのちょっぴり自意識過剰だったなら『それってもしかして私のこと?』なんて思いもしたかもしれない。私は栄純が好きだし栄純も私のことが好きだ。野球留学で東京に行ってから今日までの四年間メールも欠かさず交わしてる。でも栄純が好きなのは長野にいる幼馴染の蒼月若菜であってそれ以上でも以下でもないということをわかっているので私は間違ってもそれって私のことかななんて思わないし今更ずっと好きだったなんて言うつもりもない。不器用で馬鹿なこいつのことだからそんなこと言った瞬間もうポップコーンの食べさせあいなんてしてくれなくなるに違いない。たぶんその両片思いの相手には平然としているんだろう「はいあーん」がいよいよその人だけの特権になってしまうのはどうしても嫌だった。
こんなの絶対言うつもりもないし気づいてくれなくてもいい(というか気づかれる方が嫌だ)けど私この日のためにブラジャー新調したんだから。知らないでしょサイズピッタリの下着をつけるだけで女の胸はこんなに盛れるのよ。これでも中学の時よりは大きくなったんだからねちょっとくらいなら見てもいいわよという邪な気持ちで着てきた胸下切り替えのワンピースだったけど新幹線の改札で落ち合ってから「若菜がスカート穿いてる!」と中学生のような感想をもらったきり、その晩送ってもらった宿泊先のホテルで別れるまで終ぞ視線は寄ってこなかった。
夢みる少女じゃいられない 20140809
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