※最終決戦直後のふたり
※ネタバレ(?)あるので注意












どくん、と一際大きく胸打った鼓動に驚いた瞬間なにか光のようなものが目を焼いて、思わず瞑った目蓋を再び開けたとき、ウェイバーは海にいた。遠くまで広がる水の張ったその場所をみて咄嗟に海だと思ったのは、数日前に夢で見た景色が未だウェイバーの記憶に残っているからだ。目の前には地平線の遠くまで海原が広がっている。自分が立っている所は砂浜だろうかと顔を下げてみると脛の辺りまで水に浸かっていて、振り向いた先もひたすら水が続いていた。どこから深さが変わっているのか分からないため迂闊に動くことも出来ない。そもそもなんでこんなところにいるんだろう、とウェイバーは茫洋と地平線を眺めた。明らかに冬木の地ではないというのに不安や焦りを感じないのは、ざあざあと鳴っている潮騒のせいだろうか。水面には波ひとつ立っていないけれど。

「坊主」

後ろから掛かった声に振り返るとウェイバーから数歩離れたところにライダーが立っていた。どこから現れたんだとか、さっきはいなかったのにとか、そんな野暮なことは口にせず、ウェイバーは「ライダー」とだけ言った。それ以上はなにも言わなかった。ライダーも微笑を浮かべながらこちらを見るだけだ。「もう行くのか」ウェイバーが訊くと、ああ、と歯を見せてライダーが笑う。「この前買ったゲーム、まだクリアしてないぞ」ああ、とライダーはまた笑う。「そうだなぁ、ほとんど進められんかったわ」代わりにやっておいてくれと言われて、ウェイバーはやだよバカと口を尖らせる。「あんなゲーム一人でやってもつまらないだろ」「そうか? まぁ人数が多いに越したことはないが、一人でも十分楽しめるぞ」「そういう問題じゃなくて……ったく」、だいたいお前はいつも、と言いかけて、やめた。中途半端に開いた唇は他の言葉を吐き出そうとしてはくはくと動いたが、結局なにも思いつかなかったのでゆっくりと閉じる。別れのときにまで小言をいいたいわけではないのだ。
今までずっと言えなかったけど、お前と過ごした時間は楽しかったよ。さようなら。なんて、気の利いたことを素直に言えるウェイバーではなかったし、そんな小奇麗な文句を最期の言葉にしたくはなかった。お前のことが好きだよ、愛してる、これからもずっと。こんなのはわざわざ言うまでもない。とっくに知られていることだ。じゃあなんて? 言いたいことはたくさんあるのにどれもが言葉にならず喉でつかえてしまう。何もいわず、ただ微笑んで自分を見つめるライダーの姿がじわりと滲んだのでウェイバーは思わず叫びそうになったが、頬を伝う冷たさに滲んだのは彼ではなく自分の瞳だと知り慌てて下を向いた。せめて今だけは涙でぐしゃぐしゃの顔を隠したい。そんなことを考えている間も波はざあざあと鳴っている。ああ、早く、顔を上げないと。顔を上げてさよならをしなければと考えるほど涙が溢れてくるので、ウェイバーは顔を上げることができなかった。ぽたぽたと落ちる水が足元の海に小さな波紋を残していくのを見つめながら、もういっそこのまま別れてしまいたいとさえ思った。次に顔を上げたときにもういなくなってくれればこんな情けない顔をみられることもないのに。「ウェイバー」ぽん、と温かい手が頭の上に乗って、優しく撫でてくる。「面を上げよ」ウェイバーの大好きな優しい声でそう言われれば従うしかない。せめてこれ以上泣くまいと唇を引き結んで、ウェイバーは顔を上げた。数歩の距離からすぐ目の前にきたライダーは、仕様がないなというような顔をしていた。

「まったく、泣き虫はいつ治るのだ」
「うっ、うるさいっ」

泣いてない! と叫ぶそばから目尻に滲んだ涙を無骨な指で拭い、その指を舐めたライダーがうむ、と頷く。「塩辛い」そういえば海もまた塩の味がすると聞いたなぁと言って、「オケアノスもそうなのか?」と訊いてきた。僕に聞くなよと思いつつ「海なら、みんなしょっぱいよ」と答えたウェイバーの頭をがしがしと撫でて、そうか!とライダーは笑った。「ならばお前の瞳もまた、オケアノスだな!」「はぁ?」「随分とちっこいがな、輝いておるぞ」最後に一撫でしてから離れていった手を追うと、赤い瞳と目が合う。まんまるで、子どもみたいにきらきらしているのにベッドの中では色欲しかない、けれど奥底には確かに王が眠っているそれを、ウェイバーはずっと宝石のようだと思っていた。いつまでだって飽きずに眺めていられる、そんな宝石は、涙を流すこともなく柔らかい光でもってウェイバーを見ている。光の中に自分の姿をみつけてウェイバーはまた泣いた。次々と溢れるそれを拭う手は、今度は伸びてこない。泣きながらもしっかりと自分を見上げる小さな臣下に目を細めながら、「未来で待っている」とライダーは言った。「先に行っているから、あまり待たせるでないぞ」。
にかっと笑ったライダーに、ぼろぼろと涙を零しながらウェイバーも言葉を返す。

「うん、すぐ行く、走って行く、」

走っていくよ、そう言って瞬きをした、次の瞬間にはもう一人だった。波の音は消えている。水は相変わらずズボンを脛まで濡らしているが最後まで冷たさは感じなかった。顔を上げた地平線の向こうから真っ白な光が近づいてきたのでウェイバーはゆっくり目を閉じる。潮騒は王の心臓だったのだと、そこでようやく気がついた。




いつか未来で
(20120114)