時臣は幼い頃から利発で、頭も良く、時臣を見た大人の誰もがしっかりしているお子さんですねと口を揃えて褒めるような、そんな子供だった。些か物分りの良すぎる息子に何か悩みがあるのではないかと心配した時期もあったが、結局は杞憂に過ぎないと両親もそれほど気にとめはしなかった。悩み事があったらなんでもお母さんたちに言ってね、と優しくかけられる言葉を時臣はいつもにこにこと聞いているだけで、その小さな唇が悩みを吐き出すことはついぞなかった。


「おい、ときおみ!」
 乱暴にかけられた声に顔を上げると、金髪の眩しい子供が目の前に立っていた。「ギルガメッシュ、図書室ではしずかに…」読んでいた本を伏せて窘めるが、ギルガメッシュはふんと鼻を鳴らして腕を組んでいる。
「またそんなものを読んでいるのか」
「そんなものじゃないですよ。おもしろいものです」
 そう言われても、難しい文字が並んでいるだけの本はギルガメッシュにとって何の面白味もないのだ。まだ習っていない漢字が多くて理解できないというのもあるが、大人しく座って本を読んでいるより外で走り回る方がよっぽど楽しい。今もここに来るまで、ギルガメッシュはクラスメイトたちと校庭でサッカーをしていた。最近スライディングにはまっているためか、半ズボンや白い靴下はすでに泥で汚れている。その様子に苦笑しつつ、「なにか用ですか」と時臣が尋ねると、ギルガメッシュは露骨に不機嫌な顔で「なんだそのいいぐさは」と言った。今の言い方に問題があっただろうか。
「用がなければ話しかけてはいけないのか」
「そんなことはないですけど……」
「けどなんだ! はっきりいえ!」
「そんなに怒らなくても…あと静かにしてください…」
 いつもなら昼休みの図書室にもそれなりに人はいるが、今日は天気が良いせいか皆校庭に遊びに出ているようで、図書室には時臣とギルガメッシュしかいない。それでも静かに、と思うのは、ここは騒いではいけない場所だと時臣の中に刷り込まれているからだ。ほとんど利用しないギルガメッシュはそうでないようだけれど。
「毎日毎日そうやって本ばかり読んで、飽きないのかおまえは」
 静かにしてくれと言われてまたもや不機嫌そうに鼻を鳴らしたギルガメッシュに、いいえまったく、と時臣は返す。「自分の知らなかったことを知ったり、面白い物語を読むのは楽しいですから」言いながら伏せていた本に顔を向ける。「小学生向けの本を読むのもなかなか楽しいです」「なんだそれは。おまえも小学生だろう」おかしな言葉の使い方を不思議がるギルガメッシュに、そうですね、そうでした、と時臣は笑った。時臣はいつもこうだ。とりあえず笑ってなんでもはぐらかす。ギルガメッシュは言わないが、内心面白くなかった。そういう時の顔が周りの大人と同じように見えるからだ。
「……まぁいい。校庭にいくぞ。一緒にサッカーをするのだ」
「ああ、それを言いにきたんですね」
 のんびりと返す時臣の腕を「いいから早くしろ!」と無理やりひっぱり上げて立たせると、つられて本が床に落ちた。「まってくださいギル、元の場所に返さないと」「昼休みは短いのだ!終わってしまうだろうが!」時計をみればあと三十分しかないが、そんなことは知らぬとばかりに奥の本棚に戻しに行こうとする時臣から本をひったくるように奪ったギルガメッシュは、その辺の本棚に乱雑に突っ込んだ。ああ…と声が上がるが無視だ。
 図書室を出て、喧騒に溢れる廊下をバタバタと走りながら、ギルガメッシュ、はやいです、と息も絶え絶えに時臣が訴える。学年でも一二を争う速さのギルガメッシュに手を引かれたままなので、走っているというよりは半ば引きづられているようなものだ。転ばないように必死で足を動かす時臣と対照的に、軽やかに床を蹴っているギルガメッシュはひいひい言ってる時臣を見て速度を緩めるどころか情けないぞ、とため息すら吐いてみせた。
「おれの友ならばこれぐらいついてこれずにどうする」
「そ、れとこれとは、関係ないでしょ、」
「ただでさえおまえはトロいのだから、足くらいすばやく動かしてみよ」
「無茶いわないでくださいっ」
 あなたは昔からそうだ! やけくそ気味で声を上げる時臣に、お前こそなんだ!とギルガメッシュが返す。
「えぇ?」
「初めて会ったときからずっとおれにけいごだろ! 一年生のときからだぞ! もう五年だ! おまえおれのこと嫌いなのか!」
「そんなことないです!」
「じゃあなんだ!」
「それは、……」言葉に詰まっていると、ギルガメッシュが急に立ち止まった。いきなりすぎて背中に思い切り顔面をぶつけてしまった時臣が鼻を押さえる。「なんでいきなり止まるんですか! 危ないでしょう!」「昇降口だからだ!」みろ!と言われて顔を上げると、確かに下駄箱が並んでいる。
「前も見てなかったのか?」
「……あなたが速すぎるんです」
 僕が足遅いの知ってるくせに、とは言わなかった。ただでさえあまりよろしくない空気なのにこれ以上悪化させたくない。ケンカがしたいわけじゃないのだ。子供ながらに整った顔を寄せているギルガメッシュをこれ以上怒らせないよう、時臣は落ち着いて息を整えた。「……クセみたいなものなんです」「クセ?」「あなただけにですけど」 時臣の言葉に、はぁ?と首を傾げるギルガメッシュの手を取って下駄箱の前に行き、靴を取る。
「ほら、早くしないと昼休み終わっちゃいますよ」
「これでごまかせると思ったら大まちがいだぞ」
「あはは、ばれてましたか」
 顔を向けた先のギルガメッシュはしばらく時臣をみつめていたが、やがて鼻を鳴らしながらまぁよい、と上履きを脱いだ。「今はサッカーだ!はやくいくぞ!」「はいはい」スニーカーに履き替えるやいなやギルガメッシュが走り出したので、少し遅れて靴を履き終えた時臣も慌てて後を追う。前を走る綺麗な金色に、やっぱり彼はいつになっても変わらないんだなぁ、と小さく笑った。



「ところでギルはいつまでその言葉づかいなんですか?」
「ふん!ばかめ、おれはえいえんにこのままだ!」
「ずっとだまってたけどぼく知ってるんですよ、それケリィレッドが悪い心になったときの真似でしょ」
「うわああああああ」
「けっこう昔だけどおもしろかったですよねセーハイファイブ。ぼくセイバーブルーが好きでした」
「だまれえええええ」








20120211
こなごなになってしまったいいことも嫌な思いも綺麗な粒ね(佐藤りえ)