この子の七つのお祝いに
ギルガメッシュと綺礼は兄弟だ。生まれた日は同じだが双子ではない。異母兄弟だから。母親が違うのに生まれが同じ日とはどういうことだと思わないでもないが、兄弟はまだ幼いのでその辺りには気をやらなかった。名前からもわかるように、二人の母親はそれぞれ国籍の違う女なので兄弟の見た目は似ても似つかない。どちらも半分は日本人である父親の血が混じっているはずだが、その父親もハーフなので、ギルガメッシュに至ってはほぼ外人のようなものだ。綺礼も一応クォーターらしく彫の深い顔立ちをしているけども髪がやや茶色い他は特にそれらしい要素はない。
綺礼とギルガメッシュが二人でいると兄弟だとはまず思われないのに、片方が父親と一緒にいるとどちらの組み合わせでも自然な親子に見える。さらにそこにもう片方も加わり三人になっても、いろいろと事情のある親子なのかしら、となる。そのことをギルガメッシュは不思議がっていたが綺礼はなんとなく理由がわかっていた。それは父親の瞳が青く、異国の血が混じっていると一目でわかるからだ。
父親は、息子であるという贔屓目を除いても美しい男だった。子を作ったのが周りよりやや早かったせいもあるが、とても六歳の二児を持つ親には見えない。顔立ちも整っているし、身長も高く、いつも微笑んでいる父親は、物を取る仕草ひとつにしてもどこぞの貴族かと見紛うばかりの優美さである。兄弟が赤ん坊の頃から男手ひとつで育てているくせに、家事の腕が一向に上がらないところがかわいいとギルガメッシュは思っていた。授業参観や運動会に来ると周りがざわつき、クラスメイトから「おまえんちのお父さんすげーかっこいいな」と言われるたびにギルガメッシュと綺礼は誇らしげな気持ちになる。優しくてかっこいい父は、授業参観も運動会も、クラスの違うこどもたちのために平等に参加してくれる。何事も平等に。ふたりとも同じだけ。平等に愛されていると実感している兄弟は、たまには喧嘩もするけれど、いつも仲良く暮らしていた。ふたりとも父親が大好きだった。
七回目の誕生日を来週に控えたある日、夕食の席で「誕生日は海に行こうか」と父親が言った。カレーのにんじんを一生懸命よけていたギルガメッシュが「うみ!」と顔を上げる。
「うみにいくのか!?」
「うん。ちょうど日曜日だし、クルーザーに乗って沖に行こう」
「とうさん、クルーザーを運転できるのですか?」
うみだうみだとはしゃいでいるギルガメッシュの皿に自分のじゃがいもを入れながら綺礼が尋ねると、まさか、と向かいに座った父親が笑う。「友人がね、出してくれるっていうから」綺礼は海、嫌いかい? と小首をかしげる父親にいいえと返す。
「ギルガメッシュほどではありませんが、すきです」
「それはよかった」
「おい綺礼! きさまおれの皿にじゃがいもをいれたな!」
「いれてない。おまえのじゃがいもが増えたんだろう」
「そんなわけあるか!」
ばつとしておれの分のにんじんも食え! にんじんだけでなく野菜という野菜を押しつけようとするギルガメッシュとそれに対抗する綺礼を眺めながら、父親は目を細めて微笑んだ。
当日、天気にも恵まれてギルガメッシュのはしゃぎようは最高潮だった。綺礼も内心わくわくしていたが、隣で飛び跳ねる兄を見ていると些か冷静になる。クルーザーを運転してくれるという友人は無精ひげの生えた男だった。
「紹介するよ。こちらは友人の衛宮だ」
「はじめまして。お父さんの友達の衛宮です」
「よろしくなえみや!」
「こら、ギルガメッシュ」
「ははっギルくんは元気だなぁ」
へらりと笑った衛宮は、子供はそれくらい元気な方がいいよ、と言って綺礼に向き直る。「はじめまして、綺礼くん」「はじめまして」丁寧に差し出された手をとりながら、綺礼はどうしてかむず痒いような気持ちになった。さっそくクルーザーに乗りこんでしまったギルガメッシュを追って父親も離れていく。綺礼は衛宮とふたりきりになった。
「あの、」
「なんだい?」
「どこかでお会いしたことはありませんか」
「? いや」不思議そうな顔で衛宮が答える。「君のお父さんから君たちの話は聞いていたけど、実際に会うのは初めてだよ」。
「そうですか……変なことをきいてすみません」
「いえいえ。それにしても綺礼くん、随分上手に敬語を使えるんだねぇ。お父さんの影響?」
「いや、これはクセのようなもので」
物心ついたころからこうだったそうです。綺礼の言葉に、衛宮はへぇと間の抜けた声を漏らした。
海に来るのは初めてではなかったが、こうして沖に出るのは二人とも初めてだった。船の走り抜けた後に白い波が泡立つように巻き起こる様や、見渡す限り地平線の続く光景をみるのも初めての体験で、兄弟は声を上げるのも忘れてひたすら海を眺めていた。ギルガメッシュは、太陽の光が水面に反射するとこんなにも眩しいのだということを知り、綺礼は淡く透ける水の深さを改めて知った。船に乗る前はあれだけ騒ぎ立てていたギルガメッシュがすっかりおとなしくなっていることに大人は小さく笑い、こどもたちがよく見えるように速度を少し落としてやった。
簡単な昼食を終えた後、綺礼は船尾から海を眺めていた。先よりもゆったりと走っているため白い波はあまり見えないが、ばしゃばしゃと水が巻き立つ様子は見ていて飽きない。たまに魚が跳ねるのも面白かった。
「綺礼」
静かな声に振り向くとギルガメッシュを抱えた父親が立っていた。兄は眠っているのか、くったりと体を預けている。よいしょと抱えなおしながら近づいてきた父親は、綺礼の隣に並び立つと「楽しいかい?」と尋ねた。
「はい。楽しいです」
「本当に? 嘘じゃなく?」
「……? 楽しいですよ」、初めて見る海の姿は興味深いものだし、肌で風を切る感触も面白かった。そう伝えると、父親は満足したように頷いて「それはよかった」と微笑んだ。
「私もね、楽しいよ」
「衛宮さんに感謝ですね」
「そうだね」
後でお礼をいわないと。言って、父親はギルガメッシュをゆっくりと下ろし綺礼に預けた。突然預けられた綺礼はなんとか兄を支えようとしたが意識のないせいでやたら重い。がくん、と落ちた頭が綺礼の額にちょうどよくぶつかりちかちかした痛みが頭を駆け抜けた。「おい、起きろ」少し苛つきながらギルガメッシュの肩を揺さぶり顔を上に向けると、ギルガメッシュは白目を剥いて泡を吹いていた。晒された細い喉には赤黒い筋が何本か浮かんでいた。
「、え」
呆然と兄を抱えていると、後ろからトン、と押された。少し前のめりになる。顔を下に向けると胸からきらきらした何かが覗いている。きらきらした何かはゆっくりと消えていき、綺礼の背中も少し後ろに引っ張られた。
「綺礼」
静かな声に顔を向けると赤く濡れたナイフを持った父親がすぐ後ろに立っていた。父親は囁くように「案外死なないものだね」と言う。私の時はすぐ死んだのに。やっぱり君は丈夫なのだね。耳たぶにかかる吐息と、直に流れ込んでくる低い声に綺礼は朦朧とした。ふらりと揺れた体を父親がギルガメッシュごと支える。
「駄目じゃないか綺礼、ギルガメッシュを離しては」
「と……ぅ、さ…………」
「ほら、ちゃんと握って」
小さく震える綺礼の手がギルガメッシュの手を握らされる。兄の手の、その冷たさに綺礼はぞっとした。父親が耳元で囁く。
「君たちは昔から仲が良かったね。私には内緒の話も多くしていて、少しさみしかった」
背後から整った美しい指が伸びてくる。綺礼の頬を撫でる。唇を撫でて、いつのまにか垂れていた血に触れると指は消えていった。ちゅぱ、と音がする。舐めているのだ。
「小さな君たちはあんまりかわいくてもうちょっと見ていたかったけど、駄目だな、いつか罵倒してしまう」
それはあまりにもかわいそうだと父親は言う。綺礼にはほんの少しも理解できない話だったが、朗々とした低い声はとても耳触りが良かった。「かわいい綺礼、顔を上げて。」操られるように顔を上げると、穏やかに微笑んだ父の顔が目の前にあった。青い瞳には自分が写っている。口から血を流して、今にも死にそうだなと思った。
父親は綺礼とギルガメッシュにキスをすると、屈めていた腰を上げてこどもたちを見下ろした。次いで海を見る。スピードの上がっている船は尾を引くように白い波を立たせている。父親につられてぼんやりと海をみていた綺礼は鋭い痛みに瞑目した。ギルガメッシュと繋いだ右手にナイフが貫通しているのだ。
「ギルガメッシュは寂しがり屋だから、離れてしまってはかわいそうだろう」
一緒にいてあげるんだよ。父の言葉に、掠れた声で綺礼は尋ねた。
「と……さ…は、」
「ん?」
「……さ、は…………いっ…に、いて……く……な、ぃ……の……」
「私は駄目だよ、一緒には居られない」
労わるように綺礼の髪を撫でた時臣は、「居たくもないんだ」と笑いながら、綺礼とギルガメッシュの肩を押した。とん、と押されてスローモーションのように体が落ちていくのを感じる。ナイフでつながったギルガメッシュの泡があまりにも不恰好でかわいそうに思うが海に入ったら取れるだろう。甲板に見上げる父親は、いつものように美しく微笑んでいた。
「お誕生日おめでとう。私のかわいい、」
それを最後に何も聞こえなくなった。
20120515
(切嗣は知ってる)
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