(キスしてグッナイ)
面会時間はとっくに終わり、もうすぐ消灯だという時間にギルガメッシュはやってきた。よう爺、と堂々入ってくる孫はどう忍び込んできたのか、まさか看護師でもたぶらかしたのではないだろうなと思いながら、時臣はいらっしゃいと言った。
「顔色が悪いな。死にそうだ」
ベッドの傍らにある丸椅子をがたがたと引きずって腰を下ろしたと思えば縁起でもないことをいう。「それが入院している祖父に対する言葉かね」そう言ってはみたものの、ギルガメッシュの悪態なぞ幼少の頃からなので別に気にしてはいなかった。言われた本人もわかっているので鼻を鳴らしながら膝を組んで頬杖をつく。
「なんで電気を消してるんだよ」
「今夜は月が綺麗だからね。もうすぐ消灯だし、構わないだろう」
「ふぅん」
まるで興味のなさそうな声だ。自分から聞いておいてなんとそっけない返事だろう。やれやれ、と苦笑しながら時臣は尋ねた。「それで、お前は何をしにきたのかな?」敢えてこんな時間にやってきたのにはわけがあるのだろうと言外に含ませた物言いに、誕生日を祝いにきてやったのだとギルガメッシュは言った。それに驚いたのは時臣の方だ。
「なんだ。覚えてくれていたのかい」
「馬鹿にすんな、もう何年繰り返してると思ってんだよ。母さんたちは昼間来たんだろ?」
「ああ。お前はいなかったから、だから忘れているのかと」
日中やってきた娘たちは、綺麗な花束を持ってきてくれた。窓辺に飾ってあるのがそれだよと教えてやると、一瞥してふぅん、とまた興味のなさそうな声を出す。「いつもの薔薇か」と呟いて、ギルガメッシュは持っていた紙袋をベッドの上に投げた。足の辺りに転がったそれは布団越しで大体の形状がわかる。
「瓶?」
問いかけには答えず、ギルガメッシュは紙袋の中からさらに包みを取り出すと丁寧な手つきでそれを開いていく。包みの中、緩和材でくるまれていたのはワインとグラスだった。時臣が生まれた年のものだった。随分と洒落たことをするものだ。「ここは病院だよ、と言うのは無粋かな?」「わかってるなら言うな」先ほどの丁寧さはどこにいったのかというほど乱暴にコルクを開けたギルガメッシュは、掲げたワイングラスにどぽどぽと赤い液体を注いでいく。病院特有の、過度に清潔な消毒液の匂いに混じる酒の香りはどこか倒錯的だった。そういえば最近めっきり嗜んでいないな、と考える時臣の目の前で、グラスは傾きギルガメッシュの咥内にすべて消えた。
「くれるんじゃなかったのかい」
「誰もあげるとは言ってないぞ?」
意地悪く笑う顔は、確か今年で二十一になったのだっけ。ああもうそんな年なのか。少し前まではあんなに小さかったのに、今ではすっかり男だ。時臣にとって、とても見慣れた姿だった。
「小さい頃から整った顔立ちだったけど、本当に美しいね。……懐かしい」
祖父の口走った言葉に訝しげな顔をすることなく、ギルガメッシュはワインをつぎ足しながら言った。
「そういうお前は随分老けたな、時臣」
「……はは、」そうですよ、と時臣が笑う。
「だって孫までいますからね」
「美しい孫がな?」
「自分でいいますか、それ」
「貴様が言ったのだろうが」
そういって立ち上がり、ワインをひとくち含むと、ギルガメッシュはベッドに近づきそっと口づけた。からからに乾いた唇は移されたワインをゆっくりと飲み込んでいく。ベッドに腰掛け、濡れた唇を親指でなぞる手つきがあんまり丁寧なものだから時臣は笑ってしまった。「何を笑っている」むつけた表情に、貴方こそ何を勝手に不機嫌になっているのですかと言いかけて、唇が止まった。窓の向こうに浮かぶ月を背負った男は美しかった。絹糸のような金髪が光に透けて白くも見える。美しい男。ギルガメッシュは昔と変わらず美しかった。それが時臣には懐かしく、少しだけ悲しかった。
「覚えていたなら言ってくださればよかったのに」
「ふ、それをお前が言うのか?」
可笑しそうに笑いながら「王に手間をかけさせるでないわ」とギルガメッシュはもう一度キスをして、それから額を合わせて時臣の瞳を覗きこむ。いくら年を重ねても変わらない宝石がそこにあり、美しいなと思いながら眺めていたギルガメッシュだったが、とうとう顔を離すまでそれを言葉に出すことはなかった。
遠くから音が聞こえてくる。消灯の時間だ。ギルガメッシュはベッドから立ち上がり、時臣は目を閉じる。「貴方と」「ん?」「貴方と話せてよかった」目を閉じた時臣は薄く微笑んでいる。
「今夜はいい夜だ。月も綺麗で、貴方と話せて」
満足だ、と呟いて、ゆるりと瞼を押し上げた時臣は「幸せだ」と言う。老いた男を見下ろしながら「そうか」と返すギルガメッシュは、もしやこの男は自分が頬を濡らしていることに気が付いていないのではないかと思ったので、拭ってやろうと持ち上げかけた手を下ろした。
幸せな顔でギルガメッシュを見て、再び時臣が瞼を閉じる。
「眠るのか」
「はい」
「我より先にか」
「もうすぐ消灯時間ですので」
それから付け足すように「お前も早く帰るんだよ」と飛んできた祖父の声にはうるせぇ爺と返した。クツクツと時臣が笑う。これはどちらだろう。遠坂か、祖父か、少し考えて、どちらでもいいかと思いギルガメッシュは考えるのをやめた。「おやすみなさいませ。我が王」
「よく眠れよ」しばらくして、ああ、と思い出したように声を出す。
「誕生日おめでとう」
時臣はもう眠りについてしまったようで、ぴくりとも動かぬ体を眺めながらギルガメッシュは最後にもう一度だけキスをした。ワインで濡れた唇はすでに乾き切っていた。
(キスしてグッバイ)
20120616 ♪リトルグッバイ
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