晴天。快晴。大安吉日。今日という日はこのためにあったというほど恵まれたよき日に、緑谷出久の結婚式は行われたという。新郎及びその友人らの職業柄、式は身内だけにして披露宴に招待しようという事になり、本日めでたくその日を迎えた。都合がつかず来れなかった者もいるが、会場内には見知った顔が多く集まっていた。「ちょっと残念だな」と隣の男が言う。「せっかくだから、パーッと酒飲んで祝いたかったけど」言うほど残念そうでもない顔で、切島は持っていたグラスを煽った。連絡が入れば即出動しなければならないので、新郎側の招待客が持っているグラスの中身はノンアルコールやお茶だ。新婦側の招待客もそれなりにいるはずなのに、酒の匂いがほとんどしないのは自分たちに気を遣ってくれているのかもしれない。歓談中の今も、新進気鋭のヒーローを見て無作法に話しかける者もいなければこっそり写真を撮る者もいなかった。諸先輩方の一悶着あったエピソードを多数聞いていた身としては大変恵まれている。類は友を呼ぶというが、彼女は良い女性なんだろう。少し離れた場所では新郎新婦が挨拶まわりをしていた。「めっちゃ幸せそうだな」そう話す自分こそが幸せであるかのように、切島は二人を眺めながら言った。タキシード姿の緑谷の隣には、彼より少しだけ身長の低い女性が寄り添っている。彼らから笑顔は絶えず、場所を移動する間までもたおやかに微笑んでいた。間もなくの内にこちらへやってくるだろう。切島はそれを待ってる。彼が隣にいるので、知らぬふりをしてこの場を離れることができなかった。ところで一人、顔を見かけない。仕事が入っているのか、はたまた故意なのか、いくらなんでもそれほど白状ではないだろうと思いつつ短気な同級生について尋ねると「出張なんだってさ」と切島。「代わりに式の方に出たみたいだぞ」なんだと。思わず睨むと、なんだその顔、と切島が笑う。「まぁ十年来の幼馴染だし、親御さん同士仲良いみたいだからおかしかねぇわな。おっ来た来た」そうこうしている間にやってきた緑谷は「今日は来てくれてありがとう」と言った。隣で新婦が頭を下げる。「緑谷ー! 結婚おめでとう!」「ありがとう! 最近忙しいみたいだけど、仕事大丈夫だった?」「平気平気。まー休みはとれなかったから、もしかしたら途中で抜けちまうかもしんねーけど、ごめんな」「いいよ、気にしないで」夫が話している間、妻は静かに話を聞いていた。ふと目が合う。小さな会釈に同じく返すと、緑谷がこちらを向いた。元々笑っていた顔がさらに破顔して、唇が大きく開いた。「轟くんも、今日はありがとう」幸せだ、幸せだ! と、全身が叫んでいる。それがあんまりうるさいので、俺は目を細めて緑谷を見ていた。「仕事は平気?」「お前それ全員に聞いてるだろ」「えっ」なんでわかったのかというような顔をする緑谷に「やっぱりなぁ」と切島は笑い、新婦もクスクス笑っていた。「平気だ。じゃなきゃここにいない」「だよねぇ」タハハ、と照れくさそうに頭を掻いた緑谷は、途中で連絡がきたらこちらに気にせず行ってくれと話した。これも全員に言ってるんだろう。「悪ィな。そうさせてもらう」「うん。二人とも、忙しい中本当にありがとね」軽く手を振って二人が踵を返す。「緑谷」離れかけた足が戻り、緑谷が俺を見た。隣の彼女もこちらを見ている。美しいというよりは可愛らしい、そんな雰囲気の女性だ。二人は同じ顔をしていた。一生分の祝福を受けて、この先どんな不幸がやってきても大丈夫だと、そういう顔だった。「タキシード、よく似合ってる」


 緑谷は今、他の招待客と話をしている。今度は新婦の関係者だろうか、先程とは逆に隣で静かに会話を聴いていた。切島はいつの間にかいなくなっていた。あちらこちらで皆が会話を楽しんでいる中、ほとんど手を付けていないグラスを適当なテーブルに置いて部屋を出た。分厚い扉が閉まってしまうと、廊下は驚くほど静かだった。今日は貸切らしい。緑谷は最後まで粘ったそうだが、多少費用が掛かっても貸切にした方が警備やらなにやらやり易いと事務所に押し切られたと言っていた。その分は事務所が出してくれるのだしお言葉に甘えればいいんじゃないか、というのがその話を聞いた同級生の総意である。式次第によるとまだ半分ほど催しが残っていたが、きっと自分が居なくなっても誰も気にはしないし、咎めもしないだろう。上質なカーペットのおかげで足音すら響かない廊下を歩き、出入り口にいるスタッフの会釈を受けて、俺はとうとう外に出てしまった。晴天。快晴。雲ひとつない空で踊るように爽やかな風が吹いている。結婚式当日もこんな天気だったのかしらと考えつつ、待機していたタクシーに乗り込んで行先を告げれば、あとはもう何もすることがなかった。家についたらあるだけの酒を開けよう。この日のために買っておいた一等良い酒だ。今日だけは呼び出してくれるなと親父に休みを申請している。
 このまま帰ってしまっても、緑谷はきっと怒らない。祝福の言葉ひとつ口に出来ないような情けない男のことも友人と呼んでくれる。次に会った時ひとこと詫びたら、こっちこそごめんね、現場には間に合った? などと言って、俺を許してくれるはずだ。(祝福しろ)




20150823 あいうえおかきくけこさしすきでしたちつてとなにぬねえきいてるの/まひろ