結婚おめでとう、と言われた甲斐は、はにかんで頭を掻きながらながら「にふぇー」と言った。なんとも幸せそうな顔だ。アホ面やっしと悪態をつくと五月蠅く反論してくる、子供じみた様子に苦笑して、平古場はもう一度「おめでとう」と言った。晴天に恵まれた本日の催しは甲斐裕次郎の結婚式である。
白いチャペル。白い階段。白いテーブル。白い食器にテーブルクロス。ガーデンウェディングだかなんだか平古場にはよく分からなかったが、チャペルの外には豪勢な料理と門出を祝う人々が散り散りに居た。平古場の隣にある、庭の三分の一程を占めているプールも縁や手すりは白い。徹底的な白さは純潔の証なのだろうか、と友人らと談笑する新郎新婦を見やる。白いドレスに包まれた、ふっくらと膨れている腹はよもや食べ過ぎというわけではあるまい。平古場は少々軽薄な気持ちで笑顔の彼らを眺めていた。


甲斐はもちろん、新婦である彼女のことも平古場は知っていた。なにせ甲斐の恋愛相談に乗っていたのだ。知らない筈はない。
彼女は高校の同級生だった。甲斐にとっては二人目の恋人である。一人目は中学の時に告白してきた名も知らぬ女の子だ。告白されて付き合ったは良いものの、甲斐の無遠慮が原因で進展することなく別れてしまった。甲斐にも原因はあるが、好きだと言ったくせに呆気なくフるなんて女は酷い、あんまりだ、と落ち込む様は些か不憫だ。気にするな、きっとお前の魅力をわかってくれる相手がいるさと慰める言葉は使い古されたものだが慰めにはなる。中学生という一番阿呆の時期も相まってすぐに甲斐は元気になった。「にふぇーどー、凛」照れながらの言葉に、気にさんけーよと平古場も笑った。彼の魅力をわかってくれる相手が現れたのはその二年後の事だ。

「凛!」

一際通る声で呼ばれてハッと顔を上げると、囲む人々から抜け出して甲斐が向かってくるのが見えた。せっかく格好良くしているのに走ることはなかろうに、そんな事は知るかと言わんばかりに小走りで駆け寄ってくる。ほんの少し乱れた呼吸と、汗ばんだ額を見ながら平古場は尋ねた。
「ちゃーしたば裕次郎。男前が台無しさぁ」
風を受けて変な方向に跳ねてしまった髪を直してやる。ワックスで固められている本日の甲斐裕次郎は、普段の犬の様な髪ではなく、立派な男になっている。白いタキシードを格好良く決めて、白いドレスを纏った美しい女を隣に置いて、一体お前は誰なんだ。俺の知っている裕次郎はどこへ行った? 
大人しく髪を直されていた甲斐は、だってよぅ、と口を開いた。
「だってー、なんか凛が寂しそうだったからさー」
平古場は手触りの堅い髪を撫で付けながら笑った。「ぬーあびちょーみ、やー」たまにそういうトコあるよな、と言って肩を叩く。整えられた髪と、タキシードに包まれた身体を上から眺めて満足気に頷いた。
「うり、へーく戻れ。嫁さん待ってんぞ」
「にふぇーどー、凛」
へらりと笑った顔に微笑み返した平古場は、身を翻して一歩踏み出した甲斐の腕を掴んで横に投げた。白いタキシードが宙に浮き、白く輝く水面の上に飛んでいく。それを追って平古場が飛ぶ。プールに落ちる一瞬だけ見えた甲斐の顔が不思議そうな表情で自分を見ているのが可笑しかった。水に落ち、白い気泡が沸き立つ中で甲斐は目を閉じて頬を膨らませていた。その昔、部活の修行でいきなり海に突き落としたときもこんな顔をしていたなぁと思い出しながら、膨れた甲斐の頬を掴んだ平古場は水底へ沈みながら唇を寄せた。寄せて、離れて、もう一度寄せる頃にはすでに浮上が始まっている。甲斐は変わらず目を瞑っていた。果たしてこの男は自分が何をされているのか分かっているだろうか、いないだろうか、もうどちらでもよかった。


勢いよく水面に顔を出すと、プールの縁にはやんやと騒ぐ人々が募っていた。「えー! ぬーするば凛!」一拍遅れて顔を出した甲斐は犬のように頭を振るとさっそく文句を言ってくる。ワックスで固めた髪も一張羅も散々だ。
「水も滴るなんとやらさぁ裕次郎」
「したた……なに?」
「でーじ上等ってこと」
目元の水を拭いながら平古場は笑った。甲斐も笑い返してくれたのできっとうまく笑えているだろう。晴天に恵まれた本日、平古場凛は長きに渡る自らの恋に終止符を打つのだ。「お幸せに」



泣くくらい好きだからって泣きそうに好かれるわけじゃなかったんだわ
(20131120 / 加藤千恵)