今日は夜まで誰も帰ってこないことを確認して、ベッドを整えて、道具やなんやも揃えて、ティッシュもちゃんと用意してさぁやろうとベッドの上から手を伸ばした甲斐に、平古場は一瞥もくれずに「べーよ」と言った。
「ぬーでよ!? やりに来たんじゃねーん!?」「べーよ」「わ……わんなんかした……?」「したよ」「したの!?」何を!? とかしましく喚く甲斐の上から下までをチラと流し見て再びファッション雑誌を眺める平古場に、ベッドから落ちた甲斐が飛びつく。「凛〜わんぬーしたんばぁ? さっきの部活でボールぶつけたから?」「あらん」「だぁるな。だってボールぶつけ返されたもんな」ならば何だとひっつきながらうんうん唸る甲斐は、思いつくままに心当たりを話した。「あ! 昨日の給食で出たプリン取ったから!?」「それも見つけて殴ったろ」「えー……リコーダー舐めたから?」「やーそんな事したのか!?」このド変態が! と蹴り飛ばされた甲斐はすぐに受け身を取って魔が差しただのなんだのと言い訳をし始める。「だってよー教室誰もいなくてリコーダー机の上にあったからその……つい……」「ついで済んだら警察はいらねーんどー」次やったらたっくるすぞ、と甲斐の頭をはたいてベッドに移動した平古場は、そのままうつ伏せに寝そべって雑誌の続きを読み始めた。これはいけるのではないかと甲斐は次いでベッドに上がろうとして、雑誌を眺めながら平古場はすごい勢いでその手を叩き落とした。「なまわんが使ってるだろーが」「くりわんぬベッド!」「かしましいどー裕次郎」シッシと犬のように払われて仕方なく床に座り込んだ甲斐は、腕と頭だけをベッドに乗せて目の前の平古場の機嫌を伺うことにした。頬杖をついて雑誌を読む平古場と、ペラリペラリと捲られるページを交互に見やる。捲れるページの風圧で段々目が乾いてきた甲斐がパチパチと瞬きを繰り返す様子に「フラーか」と声が飛ぶ。仰ぎ見た平古場は呆れたように笑っていたので、今度こそいけるのではないかと甲斐はゆっくり体を起こして平古場に覆い被さった。影が平古場を包み込み、見つめ合った二人の顔がいよいよ近づくという所で足を滑らせた甲斐が全身で平古場の背にダイブした。「あがっ!」「ってェーー!!」尋常じゃない痛がり様で叫ぶ平古場にわき腹を蹴られて再び地に落ちた甲斐は、わき腹を押さえながら「凛どうした?」と真剣な顔で尋ねる。「凛、なぁ、もしかしてどっか悪いんば?」あまりに過ぎる痛がり方にどこか別の所を悪くしているのではと真面目に心配し始めるものだから、平古場もとうとう観念して雑誌を閉じた。


ベッドにあぐらをかいて正面に甲斐を座らせた平古場は、ちょっと待ってろと言うや否やワイシャツのボタンを外し始めた。「なによぉ凛、そういう事ならわんも……」「たっくるすぞ! いいから黙って見れー!」照れながらシャツを脱ごうとした甲斐を睨みながらひとつずつボタンを外していった平古場はワイシャツを脱いでくるりと回る。日に焼けた背中を見せられた甲斐は「おぉ……」と息を漏らした。無数とまではいかないがそれなりのひっかき傷や小さく抉ったような傷跡がある。平古場が向き直ると、甲斐は自分の両手をじぃと眺めていた。「……わんの?」「他に誰がつけると思っちょーみ」左手を取った平古場は、甲斐の指で遊びながら爪が長すぎるのだと言った。「やーは上でも下でもわんの背中掴むからな。ちゃんと切れー」「うーん、気付いたら短くなってる」「それ割れてんじゃねーか」お前大丈夫かと爪の具合を確認する平古場は「あと永四郎が切ってくれる」と続いた言葉に眉を上げた。「……何で永四郎が出てくるんばぁ?」「あい、一年の時でーじ爪割れてよー。血も出たんやしが、バイ菌入ってでーじなことなるからこうなる前にちゃんと切りなさいよって」でもいつも忘れるから永四郎が気づいた時は切ってくれるのだと話す甲斐は、面白くない顔をしている平古場にやっと気付いた。「凛? ちゃーしたばぁ?」「べっつにぃ」手を離してベッドを降りた平古場が机の引き出しや棚を漁り始めたので、何をしているのだろうと思いながらも甲斐は大人しくしていた。何段目かの引き出しから目当ての物を探し出した平古場は部屋を漁られてじっとしている家主の元に戻ると「手ぇ出せ」と言った。


「探しといてあれやしが、やー自分の爪きり持ってたんだな」「それわんのじゃねーん。知らねーもん」「何だそれ」じゃあ誰のだ、と一瞬動きを止めた平古場は、どうでもいいかと作業に戻る。パチン、パチンと切り揃えられていく爪と伏せられた平古場の顔を交互に眺めながら、これが終わったら当初の目的を果たしてもいいのだろうかと甲斐はそればかり考えていた。




20140104 爪の先まで